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カカオとスモーク──2

 今回で三度目のユーキ君の部屋は性格か性分か、綺麗にしている方だと思う。煙草を(たしな)んでるとしても消臭剤が効いているのだろう、匂いも気にならない。そういえば二度目の時は寒いというのに窓を開けて吸っていた。  俺は暖房のスイッチを勝手に入れさせてもらう。するとユーキ君は足早にバスルームに向かったと思ったら戻ってきた。 「風呂溜めてるんで先に入ってください」 「え、いいの?」 「どーぞ」  憎まれ口もたたかず、今度はさっさとスーツを脱ぎ出す。前の時と同じようにシャツに下はパンツと靴下を残してから、脱いだジャケットなどをハンガーにかけていて、その絶景をしばし眺めた。 「入ってる間に飯作ります」  ユーキ君は俺が見ているのもわかっているのに、次の進行を口にする。 「あ、うん。じゃあ──」 「──それとも一緒に入りますか?」  これには絶句した。まさか彼がそのようなご褒美や施しを何の策略もなく与えるわけがない。聞こえは悪いが、そういう人だ。  俺が口を開けたままでいると、ユーキ君は腕を組んでため息をついた。深く、長く、眉間の皺がまたセクシー極まりなく戸惑いの中で喜びを感じる。 「……冗談ですよ」  ああ、やっぱりか、と変な安堵感からやっとで息を吐く。勿体なかったか、と四割くらいが戻ってきてまた息を吐いた。 「めんどくせぇのはあんたの役割のはずなのにどうしたんすか。ここは入るって即答するとこでしょ。そんで俺が死ねって言う」  死ねはさすがに酷いが、そういうやり取りがらしいと言えばらしい。 「俺に言われるのはらしくねぇですよ」  らしくない。  俺はコートを脱ぎながら今の言葉を反芻する。ユーキ君の中の俺は、俺らしい、というのが存在する。だが俺は、自分を示すそれが──。 「──俺らしいって、どれだろう」  多分これも、俺らしくない、僕らしくない。そう言われそうだが聞いてみたかった。険しい顔のまま、腕を組んだままの彼は俺を見ている。寒いのか足の裏でむき出しのすねを二度擦った。 「──そんなん知るか」  彼があんまりにも無骨に言い放つものだから、俺はコートを床に落とした。 「風呂、早く行け。冷てぇままだからごちゃごちゃ言うんだよ」  腕を引かれ背中を押され、バスルームに追いやられた俺は閉じられたドアを前に呆然とする。それから何の拍子か、くしゃみのように笑いが出た。 「知るか、だって……ははっ」 ────  湯舟にゆっくり浸かったのはいつぶりだろう。芯まで冷えていた体は湯に触れると、ぴりり、とまるで炭酸を飲んだ時のように肌が刺激され、それから、じんわり、と肉が温まっていくのがわかった。部屋着か、スエットとトレーナーを貸してくれて、部屋に戻れば暖房が効いていてテーブルにはすでに作られた料理が並べられていた。肉と野菜の炒め物に米、あとビール。適当につけたテレビはBGM代わりか、見た事がないバラエティ番組が流れている。  二人掛けのソファーに並んで座り、いただきますをして、テレビを見る。途中、マヨネーズ、と声をかけられて渡した。途中、この芸人さん何て名前だっけ、と聞いた。途中、野菜は切れ端ばかりで固いところに当たって噛み砕いた。途中、ビールを飲み切って二本目を取りに行ってくれた。  ユーキ君は何も聞かなかった。食べて、喋って──話を、待っていた。以前とは逆の、逆の、俺はとにかく、なんか、なんか。 「……ユーキ君ってあったかいですね」  脈絡もなく呟いてしまった。何か言いたくてというわけでもなく、何か出したい気持ちにかられたからだ。そして彼の逆鱗に触れたようで肩パンを食らわされた。軽いやつで痛くはない。今度こそ死ねと言われるかもしれない。 「──あんたが冷たいからだ」  違った。 「あんたがそんなだと俺が冷たくなれない」  それは、すごい理由だ。  ユーキ君はソファーとテーブルの間に滑り落ちるように降り、隣合っていた場所からずれる。 「トールさん」  ユーキ君が俺の名前を呼ぶ。 「……何?」 「トールさん」 「うん?」 「トールさん」  さすがに意味がわからず、若干の苛立ちと一緒に聞いた。 「だから何──」 「──トールさんって呼んでる俺は、あんたを知りたい」  俺の太ももをひじ掛けにし、斜め後ろに振り向くユーキ君は睨み見上げる。なんだ、いつもの顔じゃないか、と俺は思った。眼鏡の奥の目は真剣で、俺を覗こうとしている。  肌の、肉の、中にあると思われる心とかいうやつを。

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