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カカオとスモーク──3
俺は簡単にその中を見せた事も言った事も少ない方だ。他人は安易に聞き出し、いざ聞いたとなったら適当に流すのが多々だ。
気持ち悪いったらありゃしない。今までの経験からの対処方法は沈黙か、それこそ倣って適当に流すか。
しかし頭が良い彼をそうするのは難しそうだ。
「言いたくないなら別にいいけど」
こうやって逃げ道を用意するのもそうだ。場を改めるための煙草を勧めてきた。この部屋に染み付いた彼の匂いの煙は俺の目の前で上っては散っていく。
俺も煙草に火を点けた。悪いと示唆される煙は、俺の息を整えてくれるのだから面白い。
それからユーキ君は通勤用のバッグから小さな箱を取り出した。カカオの形に似ているチョコレートのパッケージ、まさにチョコレートの箱だ。引き出しタイプで、ざら、と引き寄せられるチョコ達が音を立てる。
「何かある時、俺はこれを食う」
一粒食べてみせたユーキ君の口から、かりっ、と小気味いい音がする。どうやらアーモンド入りのようだ。
「ちっこい頃からの癖みたいなもんで、世に色んなチョコ出てっけどこれじゃないと駄目なんです。あんたはそういうのない?」
そう聞かれて俺は目を瞑った。
俺がそういう時に必要とするものは、チョコレートではない。
「……人に会いたくなる」
「うん」
「誰でもいい、と思ってたけど、自然と君に足が向いた」
連絡しなかったのは会えたらいいなくらいに思っていたからだ。絶対じゃなく、偶然のように会いたかった。
俺は目を瞑ったまま手探りでユーキ君の肩から背中へと触れ、撫でる。すぐに拒否され手でもつねられるかと思いきや、彼の指が俺の唇に当たった。思わず目を開けると指ではないと知り、チョコレートが一粒、押し当てられているのが見え、薄く唇を開けると否が応にも押し込まれた。少し口の中でなぶり、噛んだ瞬間アーモンドの食感とチョコの甘い香りでいっぱいになった。
これがユーキ君が何かあった時にどうにかしてくれるもの。
「別にいいけど。来るくらい」
優しい味だ。
「あんたが弱ってんの見んのは嫌いじゃないし……頼られんのも、嫌じゃない」
歯切れ悪くもちゃんと聞こえた。つまりそれは──。
「──甘えていいの?」
あえて聞いてみるのは、ちゃんと聞きたいからだ。彼の耳が赤く染まっていく。
「……だからそう言ってんだろ。くそ、何でも言わなきゃわかんねーのかよ……」
ユーキ君もチョコを食べた。何かある時なのに、バッグに入っていて開封されているそれがあるという事は。
「何かあったの?」
う、と呻きが聞こえた。
「もしかして俺からの連絡待ってたの?」
畳みかけるように質問をしてしまったが、聞きたいのだから仕方ない。
「……うるせーなー」
まさか、と思った。煙草を吸って誤魔化すユーキ君の周りは煙でいっぱいになっている。それでも甘くて、甘くて、苦甘くて。
俺はまた一粒、カカオチョコレートに手を伸ばして、ぽい、と口に放り込んだ。
「ユーキ君はかっこよくてかわいいなぁ」
「はぁ? うっせ」
調子が戻ってきたようで俺は軽く笑ってしまった。ユーキ君は短くなった煙草を消して、俺の太ももを軽く叩いた。
──今日は俺の忘れられない日で、大事な日だった。理由は俺の中で口にしないと決めたからだ。それから一度として声にした事はない。それでも苦しくて、ユーキ君を選んだ。
俺はソファーに両足を上げ、ユーキ君を挟んで座り直す。彼は何事だ、と訝し気に見上げたが、また太ももに肘を置いて落ち着いてくれた。
それが、甘え甘えられ、の感じでとても、なんか、なんか。
ユーキ君はきっと知らない。後ろで泣きそうになった俺なんて、きっと。
だから俺は、こうする。
「──ぐぇ、ちょ。首、加減しろって、トールさんっ」
後ろから抱き締めた。肩に、首に顔を埋める。
「甘えていーんでしょ?」
「そういう事じゃねぇんだけど──」
「──じゃあ、甘えさせてよ」
俺はずるい。意図してずるい。見えないからって、耳が熱いのを知られたくないからって。
見せたくないのに見られたいなんて、俺の弱い──甘いところを。
「はぁー……やっぱ、あんためんどくせぇや……」
ご希望通りの俺に戻れたからか、そう言った彼は少し、笑っていた。きっと目尻に皺を寄せた顔でだと思う。
【カカオとスモーク──終わり】
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