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ブラックホール──1

 愛されてみようと思った。少しだけ、ほんの少しだけ俺の中に生まれたもので否定も嘘もない。  ただ、どうしていいかわからない。 「──ユーキ君?」  はっ、と俺は目を開けた。黄色から橙色に落とした灯りは薄暗く、宵も相まって部屋の中にも夜を作っている。その見えない鼻先に、すり、と触れたのは同じ鼻先で、ややこそばゆく近い息を感じたが逆光で顔がよく見えない。 「……なんでもな──」 「──なくはないねぇ」  そう言いつつ、俺に重なる男──トールさんは俺の額にキスを落としてきた。これもこそばゆく顔を背けたかったが彼の目が許さない。  この男は俺の余白を読む。  ぎし、とベッドを軋ませながら彼は俺から抜く。その瞬の擦れに身悶え、慣れてしまったとは言い難いその触りは名残惜しくも隣に離れた。横並びに体を倒してきた拍子のベッドの揺れもまた、寂寥(せきりょう)を積む。 「ふー……ちょっと休憩」 「……辛い、んですけど」 「他の夢を見てるくせに」  そこまで深くは見ていなかったが、俺は口も足も閉じる。布団を引き上げていると、トールさんは頭の下に腕を滑り込ませ、いわゆる腕枕をしてきた。細いようでやはり男の腕はしっかりとして、固い。そのまま上を向いているのも心地が悪いので体は真っ直ぐのまま、首だけ横に向ける。トールさんは体も首も俺の方へ向いていて、顔が近かった。眼鏡を掛けていないので息が薄っすらかかるこの距離でやっと顔のあちこちが見える。  見つめる目も、見えた。 「……なんすか?」  落ち着いた息の中で問う。 「それはこっちが聞きたーい」  少々憤慨しているのか、子供の駄々のように俺の頬に手を押し付け足を絡めてきた。汗こそかいていないが熱を持った肌は文字通り纏わりつく。 「君はほんとに怖がりだねぇ、ユーキ君」 「あ?」  それは自分自身が一等にわかっている事で、わざわざ言葉にされると癪に障る。二十後半の年の男がそれに腹立てるのもまたそれだった。 「誰のせいだと──」 「──そ、俺のせい」  これが言いたいためのわざとだった。背中を向きたいのにがっちりホールドされてそれも出来ない。せいぜい舌打ちするのが精いっぱい。 「ここにいるのになー」 「……何が?」 「言いたい相手」  また、わざわざ。そんな事はわかっていて、わかりきっている。だから言えない、というのもトールさんはわかっているはずなのに今夜はなぜか許してくれない。  夢を見たせいか、結局全部自分のせい。  それでも見つめてくる彼の目を見ながら呟く。 「……怖ぇよ」  声になった。 「何がー?」 「……あんたに、堕ちるのが」  言えた。何の力もない、そのままの言葉だったのが少し笑えてくる。 「最高の口説き文句だ」  自分でもそう思う。何言ってんだ、もう言った後だ、羞恥心で爆発しそうだ。もうこうなったらもっと言ってしまおうか、これ以上はもう思いつかない。そう、無理だ。今夜の俺の限界値はここまで。 「……にやにやしてんじゃねぇよ、殺すぞ」  もちろん黒い冗談だ。しかしトールさんはこう言った。 「いいね、殺されてみたい」 「は?」  その返しは予想もしておらず、マゾ発言だとしても飛び越えて恐怖だ。

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