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ブラックホール──2

 トールさんは俺を離して起き上がるとベッドサイドにあるチェストに置いていた煙草に手を伸ばして咥える。火はまだ点けていない。 「ふふっ、怖いだろ?」  落ち着いてきた体温で肌寒くなった俺は足元の布団を引き寄せて前を隠す。離れた距離分よく見えないが、彼はまだにやついているのだろう。  薄ぼんやりとした橙色の中、トールさんは半分影を覆っている。 「──早く来い」  影は黒く、夜と同化しているよう。 「……何──」 「──早く俺の手に来い。落ちて来い、堕ちて来い」  堕ちろ。  やや掠れた低い声は寒さとは別の冷たさを肌に感じさせ、息を飲んだ。 「……はっ、なーんてね」  俺が息を吐く前に彼はまた一変して俺の隣に寝転ぶ。また近づいた顔はいつものにやつきがあり、安心した。  安心、した。  だが、俺はこたえる。 「……俺は落ちない」  堕ちてたまるものか。 「お?」  俺は勢いよく起き上がりトールさんに跨った。この角度で見下ろすのは初めてだ。目を凝らし、薄暗い中俺を捉えるそれを覗く。堕ちろと願う男の目を。 「──あんたが堕ちろ」  トールさんが咥えていた煙草を引き抜き、その辺に投げた。驚いている目が面白く、今度は俺が口角を上げる。  こうやって体を重ねるのも、何もかも手の上だと思っているのか。思い通りになんてまっぴらごめんだ。もっと知って知って、思い知れ。  見上げる男の首から胸へと手を滑らせる。微かに心臓の音が手に当たった。  唸る鼓動は、今か今かと俺を待つ。  手を放し、見下ろした。  俺はまだ、愛してやらない。愛されてやる──堕ちる寸前まで。 「……これだから君に飽きない」  トールさんの指がが俺の胸からへその下へとゆっくりなぞり落としてくる。その手を掴んで俺は覆いかぶさった。 「そうだろ?」  まつ毛が触れそうなほどの距離は息がかかり、唇が触れる寸前、お互い笑った。  何かにおちる音がしたなんてありゃしない。堕ちたと気づいた時はもう──浮上もくそも、俺らには関係ない。今はただ、(たの)しみなだけだ。 【ブラックホール──終わり】

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