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花とパーカー

 僕は今、締められたベランダの窓の前に座っている。隣には先日まで危篤だったが元気になったサボテンが三匹、大きい順に並んでいる。さんさん、と差し込む太陽の照りの下で日向ぼっこの三匹と体育座りの僕はもう数分ほどこの体勢のままだ。  ……目がぁー。  丸眼鏡を頭の上にどけ、瞼の裏の赤を見ながら僕は座ったまま、ころん、と後ろに倒れた。この三日間で睡眠時間は三時間、さすがに目も体も堪えている。脱稿した後は眠いはずなのにアドレナリンでも出ているのか、眠気のままに寝る事が出来ない。かと言って何かするという体力はなく、頭と体が離れたようになっているわけで。  うー……お風呂に入らねば……溜めてってくれてるはずだけど……遠いなぁ……。  リビングのドアを逆さに見て、僕はまた目を閉じる。  お腹は減ってない……シロー君は買い物……まだ帰ってこない……。  足の反動で、ぐねぐね、と寝返りを打ち、転がりすぎてソファーの足にぶつかった時、がさ、と音がしてまた目を開けると、コンビニの袋があった。やっぱり床に寝たまま腕を伸ばして指の先にひっかけて中を確認する。  ……栄養ドリンクがいっぱい……。  担当の楠木さんからの差し入れかな、と行儀悪くうつ伏せのまま一本、瓶の蓋を、ふぬ、と力を込めて捻る。喉が渇いていたしちょうどいいや、と一気飲み。はー、と一息ついて口元を服で拭いた時、気づいてしまった。 「うっ……」  ご飯は強制的に自主的に食べていたものの、お風呂に入っていない三日間の自分に匂いに引いたのだ。さすがに限界だ。もそもそ、と着ていたもこもこのジップアップのパーカーを脱ぐ。もちろん寝そべったままでこのだらだらしているところは人に見せられない。  ぬー……今度は寒い……ん?  のろのろと力ないほふく前進をする僕はソファーの肘掛けにかかっている紺色の袖を引っ張った。そのまま僕の頭に、ばさっ、と振り落ちてきて、仰向けに寝返りながらわちゃわちゃとどけてみると、僕のサイズよりもうんと大きいパーカーだとわかった。  シロー君のだったか……。  どうやら着替えて外に出たようで、僕が起きてこないと見てそのまま置いて行ったらしい。いつもなら洋服はもちろん、私物はきちんとシロー君の部屋に置いていく。自分の家のようにしてくれて一向に構わないのに、頑として緩めてくれない。仕事場で家で、の切り替えのようなものだろうか。  シロー君のパーカーを広げてもう一度、ばさ、と顔で抱きしめてみた。  ……ひょー……柔軟剤とシロー君の匂いがする……。 「──へっくしょいっ!」  はぁ、くしゃみ出た。寒いけど動きたくない、動きたいけど寒い。  とりあえず、と僕は寝転がったままシロー君のパーカーに袖を通して、頭から入れて──止まった。体を起こすのもめんどくさいのだ。頭と肩まで何とか、よじよじ、と捻って入れたが、袖は手が出ずだるだるのまま、お腹は出たままの珍妙な着こなしで顔も半分だけ出して諦める。手を上げて余った袖をゆらゆら揺らせて遊んでみる。  ちゃんと着ても着なくても、この袖は余る。  へへ……でっか……。  図らずもフードを被ったようになっていて、落ち着く匂いがより強くなっている。くしゃみの次にと、今度は大きくあくびが出てきてしまった。  あ、やばい……お風呂……なんかもう、いいや──。 ────  買い物から帰ってきた俺は、どういう事か、と見回す。ハナさんの抜け殻、もといもこもこのパーカーが床に投げられ、栄養ドリンクと思われる小瓶がころころと転がってた。それに俺が脱いだはずのパーカーが見当たらない。  リビングに入る前に買ったバスルーム用品を置くために洗面所へと行った時、ハナさんは入っていなかった。仕事部屋にいるのかとドアを少し開けたがそこにもおらず、寝室も同様だった。変わっていないのは並んだサボテンくらいなもので、はて、と首を傾げる。 「ハナさん起き──てっ!?」  呟いた瞬間、俺は口を押さえた。ソファーとテーブルの隙間にハナさんが寝ていたからだ。腹を出したまま、俺のパーカーを着──埋もれている。どうしてこんな狭い場所で、どうしてこうなって、と考えたが、笑いに変わってしまった。 「……ふはっ。まったく、だらしない人だなぁ……」  すーすー、と一定の寝息と薄っすら出来た目の下のくま、ぼさぼさの髪はいつもの事。これも投げたのか丸眼鏡を拾った俺は動く。家政夫と恋人の仕事を。 「さて、と」  ハナさんの足を掴んだ俺は、ずるずる、と引っ張り移動させるのだった。  あー、お風呂も入れちゃおっかな……。 【花とパーカー──終わり】

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