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俺はシンデレラになれない【Lunch】──1
アタシはどうやってもお姫様になれなくて、王子様にもなれない奴だ。童話の世界でもきっと名前もないようなモブで、台詞が一つあればいい方だ。そんな生き方が定着したアタシは、好きな場所に立っている。
────
ランチのお客様がはけてきた頃、久しい顔が現れた。
「──平介 ?」
高校時代からの友人、日向ヘースケが珍しくも昼はカフェとランチ、夜はバーになるアタシの店『riff 』にやってきた。
さらに珍しく連れがいる。
彼はいつも一人でふらっと来ては小一時間ほど時間を潰し、思いついたように帰っていくのだ。
ドアベルが鳴り止んだ三歩目、ヘースケがアタシに手を振る。
「久しぶり、葉 君」
アタシの名前は葉っぱのヨウという。ヨーでいい。
「ほんと。相変わらず……学生ん時から時が止まってんねぇ」
アタシ達は今年二十七の年のはずだが、ヘースケはどう頑張って見てもギリ二十の年の容姿をしている。低い身長もそのせい。しかし友人の来客が嬉しいのは本当だ。
「シロー君、これが言ってた友達」
これ、という紹介はいかがなものだろうか。どんな説明をしたのか──オネェ系のヒゲの同級生、という具合か、と営業スマイルを作る。
「いらしゃい。チビスケの友人?」
チビスケって言うな、といつものノリも久しい。そういうアタシもヘースケの連れの青年よりは低い身長だが、今は同じくらいの目線だ。
「こんにちは。橘 といいます」
眉目秀麗に加え声も良いときた。神様平等説がまた遠のく。
聞けばヘースケの家に住み込みで働く家政夫だという。またこれも中身を知らないので外見のみの判断となるが、意外と見えた。カウンター越しに手を伸ばす。
「来栖葉 です。名前のヨーって呼んでね」
「はい、よろしくお願いします。ヨーさん」
握手して気づいた。なるほど家政夫、手が少し荒れている。水仕事にこの季節の乾燥はアタシも腹立つ。
「カウンター? ソファー?」
今いる前の席のカウンターか、窓際と奥にあるソファーのテーブル席か。
「ソファー」
ヘースケはいつも決まった席を選ぶ。奥のテーブル席で、皮のソファーがお気に入りだ。しかしその席はまだテーブルの準備が出来ていないので待ってもらおう。
「シロちゃんは?」
馴れ馴れしいのは近づくための親しみを込めて。そのシロちゃんは気にする事もなく微笑んだ。
「ヘースケさんが好きな場所で」
ふむ……これは、あー、うんうん。
推測完了、と頷いているとヘースケが睨んできた。紹介も含めての来店かと思いきや、今回はまだそうじゃないらしい。
いや、自分から言いたいらしい。
ヘースケはぼやっとしているところもあるが、存外男らしい。決めるまで長く時間がかかるが、決めたら真っ直ぐでド直球だ。学生時代からそれも変わっていないようでため息が出るような──羨ましいような。
そして、アタシはそんなヘースケをからかうのが好きなわけで。
「可愛い彼氏じゃん」
「ヨー君!」
先手必勝、舌を出して、してやったり。
しかし反応したのはヘースケだけではなく、顔を赤くさせたシロちゃんもだった。
「ど、どうしてわかったんですか?」
素直な質問に、勘、と答えるには簡単で短すぎる。それにヘースケとの割と長い付き合いから計算も難易度が易しい。なのでアタシも自己紹介代わりにこう答えた。
「アタシもシロちゃん側」
わかる人にはわかる、わからない人にはわからない。知らないなら知らないでいい。
ただ、知ってほしいと思う人間に会ったら、アタシは言う。
学生時代からの友人の連れなら、今がその時だ。
するとシロちゃんは予想外の事を言い出した。
「……ヘースケさんの元恋人さんなんですか?」
「へぁ!?」
変な声が出てしまった。
「何それ、ジョーク?」
首を傾げているシロちゃんの首はまだ戻らない。
「いいえ? 真面目に聞いてますけど」
やだ、この子面白い天然ちゃんだ。
声にならない笑いを発すアタシに、ヘースケは真顔で否定する。
「全っ然タイプじゃない」
失敬な、ヘースケより色々頑張ってるんですけど。
「あっは、そゆ事。極々ナチュラルな腐れ縁で、シロちゃんが心配するような事は何一つ──」
「──心配はしてないです」
食い気味にきたシロちゃんは続ける。
「俺より経験あって当然ですし、過去に嫉妬したって仕方ないですし。ただ、俺が知らない時のヘースケさんを知れるのは楽しいので」
無意識の中であてられたような気がする。
どちらにせよ、シロちゃんがいい子だって事はわかった。素敵な考えと想いは見習いたいとさえ思う。
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