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俺はシンデレラになれない【Lunch】──2

「はーい、先にメニュー表どうぞ。残念ながらアタシもヘースケはタイプじゃない。やだやだ、こんなちんちくりん」 「僕だってヨーみたいなヒゲ野郎は嫌だよっ」  はぁ? あんたの髪よりちゃんと整えてるっつーの。  アタシとヘースケはこういう関係。  学生時代、アタシはすでに『こう』で、ヘースケは『こう』──同性を好きになる人ではなかった。カミングアウトなんて大層なものはしていないが、ある時ヘースケに知られた。知り合って間もなくくらいだったかもしれない。学生時代なんて恋だ愛だ誰がどうのと話が多かったため、きっとその中にいい意味のアタシとわるい意味のアタシの話が出たのだろう。それでもヘースケは少しも変わらなかった。学校という箱型の一つの国で学び、遊んでいた。今もそれは変わっておらず、飛び出た世界の違う場所で時折寄り道しては、また遊ぶ。  ヘースケは、そういう奴なのだ。  しかし彼もアタシと似た側になるとは思っていなかった。 「そうですか? ヨーさん、かっこいいと思いますけど」  と、カウンターで頬杖をついていた肘が若干ずれた。  ヘースケより背が高く、薄くだがメイクをしたアタシ呼びのヒゲの男に会ってすぐに普通は聞かない。普通は人それぞれだが、褒め言葉よりも社交辞令と取ってしまう。それでもシロちゃんはこれも至って真面目な感想らしく、きょとん、と若い少年のような顔をしていた。 「シロちゃん可愛いなぁ、貰っていい?」 「はぁ!?」 「……ごめんなさい、こういう事なので」  ああ、フラれちゃった。  どうやらシロちゃんにとってヘースケは王子様らしい。 「残念。はい、本日のお勧めランチはラザニアでーす」  サラダとスープと珈琲付き、おまけにデザートも付けてあげましょう。  ようやく席が片付いたか、とっくに用意していたグラスと水をトレーに乗せてカウンターから出る。ヘースケを先頭に真ん中を歩くシロちゃんが半分振り向いた。視線は、下。 「何か?」 「背が高いな、と思ったら」  ああ、とアタシは微笑む。確かにシロちゃんほどの身長の人に出会うのは珍しい。しかしアタシの身長はシロちゃんより低い。 「奇天烈?」  そう言いながら足を前に蹴るように上げた。 「誤魔化し十センチ」  本当は誤魔化していないし、十センチ足さなくてもアタシの背は高い方だ。こつ、と尖ったヒールが床を叩く。 「いいえ、よく歩けるなって」 「最初は立つだけで精一杯だったよ」  ある時、何故か履きたくなった。初めは足の裏も足首も、膝も笑っちゃうくらい震えて困った。それでも練習して、慣れて、自分の足になった。履いても足元の一番下、ズボンの裾から、ちらり、と見える程度。そのくらいで、ちょうどいい。 「どうしてヒールなんですか?」  二人がソファーに座り、アタシの足元を見つめてきた。  これも簡単に答えると、趣味──なんて、本当は。 「──これで『俺』を覚えるでしょ?」  台詞のないモブの主張。  ハイヒール十センチ。  『riff(リフ)』のマスター。  名前はヨー。  王子様募集中の、王子様希望。 「スカート履けば?」 「すね毛剃るの手伝ってくれるならいいけど?」  悪いけどそっちの趣味は全くない。遊びで皆で仮装するというのならノらない事もないが、おそらくヘースケの方がそれは似合う。するとまさかの人がこう言った。 「……一回履いてみたいです。あ、靴の方」  シロちゃんだ。好奇心旺盛は若さゆえか、興味津々に実直な様子。 「いーよー、ご飯の後にね。それよりヘースケが履いた方がチビ直るんじゃない?」 「うっせ! 早くご飯!」  はいはい、と二人とも本日のランチ、ラザニアセットを注文し、アタシはテーブルを離れた。  またカウンターから二人を窺う。何を話しているのか聞こえないが、微笑む二人から目が離せなかった。  いつかの映画、いつかの写真のようで──まるで二人が、いつかの主人公のようで。  アタシはヒールの底を鳴らす。似合いの二人を祝福する音を鳴らす。 「はぁー……アタシも彼氏欲しいっすなぁ!」  店長煩いです、とホールスタッフに怒られたアタシは肩を竦めたのだった。 ────  余談──ランチ後の珈琲中。  ハイヒールを履いてみた二メートルの王子様ことシロちゃんは、盛大にこけたのだった。 【Lunch──終わり】

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