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俺はシンデレラになれない【Bar】──1
夜はバーになるアタシの店『riff 』は今日も和やかに営業中──と思ったら宵が似合う奴が来店した。
「……本日閉店しましたー」
「はい開店しました。よ」
カウンターを片付けていたアタシに、にや、と笑みを向ける眼鏡野郎は高校時代からの悪友で、今もずるずると連絡をし合う奴だ。と言ってもお互い忙しく既読スルーが七割を占める。遅い仕事帰りか、いつ見ても見慣れないスーツにコートにマフラーは寒さに弱いこいつらしいと苦笑う。
「よ。ってなんだよ他の店行きなよー……連絡した時は来ないくせにさー──」
「──迷惑なのかな?」
おっと、気づかなかった。眼鏡野郎の後ろにもう一人、眼鏡のお客がいた。
背筋を伸ばし直して、仕切りも直す。
「失礼致しました。いらっしゃいませ」
くすくす、と控えめに笑うその人は、アタシら──アタシと悪友、柳井結希よりも幾分か年上だろう。もしかしたら上司か、とも思ったが、ユーキは絶対に同僚や上司を連れてこない。ノーフレームの眼鏡が店内の灯りを反射する。
「君の話を聞いて、来たいと言ったのは僕なんです」
アタシ呼びの化粧ヒゲ野郎とでも言ったのか、結んでいる髪の束をひと撫でして気恥ずかしさを紛らわす。
「そうとは知らず……いつもの慣れ合いなので気にしないでいただけると助かります」
「こちらこそ貴重なものを見せてもらいました」
貴重とは、これまた貴重なものを聞いた気がする。すかさずユーキに目配せして、にや、と笑みを向けるとビンゴ、すぐに反らされた目に軽い舌打ちは正解の合図だ。
ユーキとアタシは高校時代からこんな感じだ。中指立ててこんにちは、親指下げてさようならが普通で、かと言って特別仲が良いわけでも悪いわけでもない関係。適当な言葉で表すなら──拠 り所 、としようか。なんて事がない日やなんて事があった日、なんとなくのアタシらは今も続いている。
「カウンター? ソファー?」
そう聞くとユーキは眼鏡の連れに半分振り向いた。
「それじゃあカウンターで」
「だって」
「ではこちらに」
カウンターの端の席に、と案内するとユーキはやっと紹介してくれた。
眼鏡の連れは楠木透 さん、というそうだ。なんとヘースケの仕事の担当らしく、世間は狭いと言うが本当に狭いとは。
そんな事より、ユーキが『riff 』に誰かと来たのが初めてな事に触れよう。
アタシらは恋だの愛だのの人をお互い見せ合った事など一度もない。話もしないし、お互いが『こう』というのは知っているが、もちろんアタシらがそういう関係になった事は一度もない。一体どういう心境か。
コートを脱いだユーキがアタシの腕を掴んで引き寄せ、耳打ちしてきた。
「余計な事言うなよ?」
「どれ?」
「そのー……あれだ。めんどくさい人なんだよ」
なるほど、しかし耳打ちは失敗。ばっちり聞こえたクスノキさんは、にっこり、と微笑んでいる。
「めんどくさいなんて失礼だよねぇ?」
「ですよねぇ、何を照れてるんだか」
「はぁ? 照れてねーわ」
「ふぅん?」
「ふぅん?」
クスノキさんと反応が被った。それを見たユーキは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをする。
「息ぴったりかよ……」
どうやらアタシとクスノキさんは同じ部類に属すらしい。ユーキが苦手とするタイプだが、彼は悪友の──。
「──ふふっ、気になる?」
注文よりも先にクスノキさんは質問してきた。長く見てしまっていただろうか。
「そうですね、気にならないと言えば嘘になります」
この人はユーキの特別だ。じゃなければこんな牽制をしない。めんどくさいという理由を用意するくらい。
「お客さんも俺達を除いて一組だね」
クスノキさんは店内を見回してそう言う。つまり、誘ってきた。僕から俺へと人称が変わったのは警戒を解いたのだろう。ユーキを見るとすでに諦めた顔をしていた。
主導権はすでにクスノキさんの手の中。
なるほどねぇ……めんどくさい、納得。
「……何にします?」
断りを諦めたアタシは注文を聞いて、ヒールを床に鳴らせた。
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