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俺はシンデレラになれない【Bar】──2

 右にクスノキさん、真ん中にユーキ、左にアタシの位置でカウンターに並び座り、二杯目のカクテルを飲んでいる。 「──そんな面白い事なぁんで黙ってんのー」 「別に言う事でもなかろうが……」  気まずいと思っていた席はすぐに話に花が咲いた。共通の話題としてはやはり身近な人──つまりユーキの話になったわけなのだが、最近の彼の出来事は興味深かった。彼が今までアタシとそういう話をしてこなかったせいでもあるが、初めて話すわけでもないのに初めて話をするような感覚がする。まだ取れない少しの緊張がそうさせているのだろう。そしてこの話は不幸ではあるが、不が取れつつある。  まさか、ちんちくりんのヘースケをねぇ……いや、うん。思い返せば思い当たらない事もないかも。  学生時代の話に戻るが、彼は人の群れから反れる傾向があった。気を許す事を知らない一匹を気取った狼のような──狼犬くらいにしておこうか。学校時間いつもべったりというわけではないが共に飯は食う仲だったのだが、別のクラスだったヘースケの方が素を見せていたと思う。会話がなくてもそれぞれの本やゲーム、勉強で時間を潰す。そういう、特殊な空気はアタシとよりもあった。  懐かし、その頃の彼氏は生きてるのかねぇ。  話を戻そう──そんなユーキも人並みに恋に焦がれていたわけだ。数年も隠し通した誰にも、自分にも言えなかった恋とやらに。この一面はアタシにとって、なんと言おう──。 「──なんだか嬉しそうだねぇ?」  どうやらアタシは微笑んでいるらしい。  少々前屈みになってクスノキさんにグラスを掲げる。音のない遠い乾杯だ。 「こういう話を眼鏡野郎──失礼、ユーキと出来るとは思わなかったんで」 「長い付き合いなのに?」 「ええ、こいつ秘密主義にドがつくんですよ」 「あ? お前がだろ、ヨー」  え? と横目でユーキを見ると、ユーキも横目で返してきた。 「……もしかしてアタシに合わせてた、とか?」  昔からこういう話が苦手なんだろうな、と避けていた。学生時代とは違い、今は会う事も時間も少ないためわざわざ嫌な話をするのもどうかと避けるのが普通となっていたのだが。 「そゆ事」  小さな返答に面食らった。つまりだ、ユーキはいつからかアタシとこういう話をしたかった、という事になる。そのきっかけが、今日。 「──ははっ!」  我慢出来ない笑いが声となった。  アタシが思っていた以上にこの関係は良い付き合いで、良い拠り所だったらしい。喜ばずにはいられない。あの一匹狼犬が軽く尻尾を振っているのだから。 「はーあ、なぁんだ。そんじゃあれだ、クスノキさんを紹介したのってアタシが一発目ぇ?」 「言い方くそかっ、そうだけどよ」  頭を掻きつつ立ち上がったユーキは逃げるように化粧室に行ってしまった。いや、照れ隠しか。まだ笑いが止まらないアタシはグラスを回しつつにやける。するとクスノキさんが頬杖をついたまま笑みを向けていた。 「あは、仕掛けました?」 「何の事だか。俺は君に会いたかっただけだよ」  ストレートな言葉は大人のそれか、むず痒さが肌をなぞる。 「……ユーキはいい奴です」 「うん?」  アタシは『こう』だから、人が離れた事は少なくない。去るもの追わずは経験と重ねた年でこなせるが、どうとも思わないなんて強がりはもう疲れた。『同じ』だからなんて言い訳はしない。  ユーキはこれからも長く、付き合う奴だ。  と、勝手に決めているから、釘を刺す。 「君もいい子だね、ヨー君」  クスノキさんは頬杖のまま応えた。 「子、って」 「いい子じゃなきゃ俺はここに連れられていないからねぇ」  酔っているのか、いや、そう見せているだけかその様子はすぐに戻った。勘もいいらしい。気づいたアタシを操作しながら話すクスノキさんは周りにいなかったタイプだ。そしてユーキの周りにもいなかったタイプだろう。 「でもヨー君のハイヒールには驚いた」 「あはっ、でしょうねぇ」  黒いハイヒール十センチ。  尖った爪先、尖った踵。  赤い裏底は──。 「──残念ながら誘いには乗らないよ?」  さすがに背筋が伸びた。まさか好みまでも見破られるとは思わなかったからだ。  クスノキさんはアタシの好みの中心を捉える。 「……残念ながら人のもんには手を出さない主義なので」 「それは残念」  倣って言ったのにどっちつかずの返事に力が抜ける。 「ふふっ、君に手を出されたらユーキ君はどういう反応するのかなぁ……ってのは冗談。俺はヨー君側」  まじかっ、ユーキがボトムかよっ。  しかしそういうのを抜きにしても、ユーキは彼を許したのは変わりない。秘密を見せれたというのもあるだろう。

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