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アレキサンドライト・ロング・デイ【イエローサイド】──2

 まずは状況把握からしようか、とまだ布団の上に座る俺は部屋を観察する。小さな部屋で──俺の部屋ではない。見慣れた家具もなければベッドでもない。部屋の隅にあるトランクケースと旅行バッグも俺のではない。  今は何時だ、とまだ手にあるスマホを起動させると五時三十二分のデジタル数字が出てきた。  格好はスエットとトレーナー。冬と朝の寒さに身震いし、とりあえず頭から布団を被る。カーテンの隙間の向こうはまだ暗い。手が俺のものより少々でかい。変に目覚めが良いのも妙だ。  昨日は残業が当然のようにあり、くたくたの状態で気絶したかのように眠りについた、はず。もう一度眠りについたスマホの真っ暗な画面を覗き込む。  ──俺は柳井結希(やないゆうき)、のはず。しかし映っていたのは──橘司郎(たちばなしろう)ちゃん。 「…………はぁ!!??」  目覚めの声には不釣り合いで、朝の音量ではない事を発してから気づいた俺は遅くも口を手で覆う。夢かと一発、頬をビンタしてみた。痛い。つねってみようか。痛い。二度の検証の結果、夢ではなさそうだ。  暗い部屋でもだもだしても埒が明かない、と電気のスイッチを探すと、枕元にリモコンがあったので、ぴ、と押す。目も頭も眩みそうな当然の灯りに頭もすぐにはっきりしてきた。  ……つまり、俺は今シロちゃんの身体に憑依? している感じで……シロちゃんの身体は今、俺のもの、というわけで。そうなると俺の身体は今誰のものだ?  あぐらを掻いて、腕を組んで思考数秒。まずまずの回答が出たと思うので整理しよう。  ここはシロちゃんの家もといヘースケの家の一室。そこで寝ていたシロちゃんに俺がお邪魔している。今日は休日、土曜日。きっと俺の本体は起きていない。気づいているのは俺一人。体調の変化はなく、むしろだるさが全くないこの体は何だ羨ましい。つまり体調、体力ともにシロちゃんのものというわけで、精神だけ、と落ち着けるのが妥当か。  ゆるりと力なく腕を解いた。  ……なんだっつーんだ、何かの呪いか!? 呪い道具なんか何もねぇしあるのは壁だけ──壁の呪いか!? 俺が何したっつーんだよ……いや待て落ち着け、慌てても良い事なんか起きない。起こすのは、本体の俺。  そう思いスマホを起動し、タップする。自分のスマホに電話だ。呼び出し音が鳴る中、布団の上に立ってうろうろし、はっとした。休日前の俺はスマホを完全にミュートする。眠りを妨げるもの一切を排除するのだ。天を仰いで自分を呪う。  つーかシロちゃんと電話番号交換してなかったか……いれとこ。  そうなると動けるのは俺一人と確定したわけだ。まずはヘースケが寝ている内に──寝てんのか?  何故か忍び足で動いて部屋のドアを静かに開ける。耳を澄ませ、どの部屋も真っ暗、とまたドアを閉めた。ヘースケの不規則な生活リズムは読めるはずもない。 「……よし」  俺は着替え、と近くにあったジャージを手にする。それにレギンスと短パン──まじかよ、走ったりしてんのかよシロちゃん、としばし止まった。しかしちょうどいい、と服を脱ぎ散らかす。  くそ……良い体してんなぁ。  割れた腹筋を服で隠し、スマホだけ持っていくか、とポケットに突っ込む。勝手知ったる人の家、玄関へとまた忍び足で向かい、ヘースケの家を出た。  着くのは約三十分ってとこか、寝起きに走るとかいつ以来だよ……。 ────  健康的にジョギングした俺は自分のマンションに着いた。息切れが少ない身体を羨ましくも憎みつつ、インターホンを押す。あれから何度か電話をかけたが一向に出る気配はない。六時少し過ぎの今、果たして起きるか──起きた。  なんだ? めちゃめちゃぶつかってるような音が──。 「──……はい?」  うーわ、すげぇしかめっ面の俺。っていうかシロちゃんなんだけど。 「起きろ」 「……はい? あの、ごめんなさい、見えないです……」  そりゃそうだ。眼鏡を忘れている。 「っていうか俺の声がす、る……?」 「そうだ。お前が俺になってて、俺がお前になってるからな」  俺の目が──訂正、シロちゃんが入った俺の目が大きく見開いたかと思ったら、強い眠気に負けたかまた閉じて……だぁーっ、めんどくせぇ!! 「とりあえず入れろ」 「あ、はい……ん? ここはヘースケさん家じゃ……?」  だから違うっての!

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