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アレキサンドライト・ロング・デイ【グリーンサイド】──3

 眼鏡をかけた俺──橘シローは、シローの前に座っている。本体のシローはソファーに座っていて、精神のシローは床に正座している。  うううんっ、ややこしいなぁ……。 「……俺の姿できちんと正座とかやめてくんね?」 「す、すみません……っていうか、ユーキさんこそ俺の身体でふてぶてしい態度やめてくださいっ」  足を組んで腕を組んで、首を斜めに見下ろしたような俺は身体がでかいせいか、圧がある。ついでに眉間の皺も戻してほしい。見合って数秒、どうするか、とお互い同時にため息をついた。こんな朝から景気が悪い。それに何だか、身体が重い。  なんだろ……目は眩むし頭はまだ眠い気がする。肩とか背中とか腰とかだるい感じだし……これって日頃のユーキさんの体力とかそのままって事、なのかな。  正座から足を解いて、座ったまま前屈してみた。 「うぐっ!?」  なんだこれ! 身体固すぎっ! 首肩背中腰が同時にぼきって音したんだけど! 「気を付けろ。俺の身体はひどく疲れている。ひどくだ」  りょ、了解です。 「で、だ」  と、俺の身体のユーキさんがしかめっ面のまま話し出した。 「入れ替わったのはわかったな?」  はい、と頷きながらまた正座に戻ろうとしたら軽く蹴られた。仕方がないのであぐらを掻く。 「……漫画とかだと頭ごっちんしたりしますよね」 「俺の顔でごっちんとか言うのやめろ。あとシロちゃんの身体だったら俺は平気だけど、俺の身体のシロちゃん絶対やばいぞ」 「健康一番でいきましょう」 「賢明な判断だ」 「そういえば電話──」 「──安心しろ、メールとかは見てねぇ。電話は登録したけどな。ん、俺のスマホ」  はい、とスマホを交換する。すると一軒、メールが届いていた。それはユーキさんのスマホにもだったようで──。 『二十四時間限定。ばれたら明日以降一週間、ちょっとだけ嫌な事が立て続けに起こります』  ──そう書かれていた。少し間を置いて、ちら、と上目に俺の身体のユーキさんを見ると、ちら、と俺を下目に見ていて、見合って、スマホをタップした。 「……駄目だ、返信出来ねぇ」 「こっちもです。っていうか、これくらいなら別にばれてもよくないですか?」  ちょっとだけ嫌な事とはどういう事か、とユーキさんは例を出す。 「……髪の毛が割と多めに抜けていくとか」 「えっ、い、嫌ですっ」 「一週間毎日足の小指をどっかにぶつけるとか、作った飯が少しずつ残念だとか──」 「──ストップ! ネガティブ量産しなくていいですからっ」  ユーキさんってこんな人だったっけ、と落ち着かせる。いつもは大人で少しぶっきらぼうで、横柄だけどしっかりした考えを持つ人だと思っていた。この状況が彼をそうさせているのか、感じる疲れがそうさせているのか。多分、後者。  俺はスマホに表示されている時間を見て、軽く握りしめた。 「……俺は昨日、夜中の三時頃に一度、目を覚ましています。ユーキさんは?」 「十二時には気絶した」  そこから記憶はないと言う。散らかった服やテーブルにある半分残った夕食やらが物語っていた。 「だとすると、二十四時間というのは夜中の三時くらいまで、という事になります」 「シロちゃん、まさかばれずに頑張るって感じで進めてる?」 「です」  うぇー、と俺の身体でユーキさんはソファーに倒れた。起きてください、と肩を揺する。 「もう六時半になります、ヘースケさんを起こしに行ってくださいっ」 「あ?」  ヘースケさんは今締め切り前で、逃亡する恐れがあるとおじさ──トールさんから聞いている。特別これと言って何をやるというのはないのだが、俺がいるだけで抑止力になるとか。 「俺がお前の真似すんの?」 「見た目は俺そのものですよ」 「それはわかってっけど」  と、ユーキさんは俺の身体で煙草を手に取った。すぐにその手首を掴んで首を振る。 「まだ未成年です」 「ふっざけんな、ノーカンだろ」  駄目です、と煙草を取り上げる。しかし俺の身体のユーキさんは苛つきが増加し険しい顔で舌打ちをした。俺の顔でそういうのもやめてほしい。

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