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アレキサンドライト・ロング・デイ【イエローサイド】──9
昼飯のホットサンドを食べた後、買い物予定時間を少し早めて俺は家を出た。ヘースケの集中を切らせたくなかったからだ。おかわりのカフェオレの事はあったが、そこは保温ポットに淹れてあるのを勝手におかわれ、という具合にした。ある程度の事は午前中に済ませたし、何より、シロちゃんの身体に休日をくれてやりたかった。雇用主と一緒に住んでいるのだ、きっと休みという休みはなかっただろう。
っていう名目で、俺が休みたかっただけなんだけど。
身体は元気でも精神的な疲労はそのままの俺だ。いつもは寝る一択の休日の過ごし方だが、その必要がないというのなら、と買い物場所であるマーケットから割と近く、人通りの少ない静かな純喫茶に足を運んだ。
初めて入る店だが眩しすぎない明るさと、ザ・マスターという雰囲気の斑髪の初老の店主が気に入った。他の客は居てもこの雰囲気からか騒ぐ奴は一人もおらず、半分ほど陽が入ってくる窓際の席に座れたのもいい。昔から使われているのだろう、色んな客が座った一人掛けの皮のソファーは心地が良い。お供は家にあった本、ヘースケが書いた青春、恋愛ものだ。適当に持ってきたとは言え、まさかヘースケのを読む事になろうとは。
実はヘースケが書いた作品を読んだ事がない。元のあいつを知っているからか、変な気恥ずかしさがあったのだ。しかし数十分経った今、そんなものは消えている。あるのは読みやすい文字の並びとあるようでない世界の空想、すっきりと美味い珈琲の香りだけだ。
作家というのは不思議な頭をしていると改めて思う。ヘースケしかそういうのは知らないが、あのぼやけた奴が、と。このいけ好かない男も、凛々しい女も元はヘースケだと思うと面白くもある。ただ今日、初めて作家としてのあいつを垣間見た気がした。
家を出る前、ポットを置くついでに出かけると声をかける前、俺が何度ハナさんと呼んでもヘースケは動かなかった。その時の横顔は、無、だった。
少しびびった。知らない奴みたいだった。
やっと俺に気づいた時はその世界の途切れか、へら、と疲れた顔になって、いってらっしゃい、と言われた。
ちょうど章の変わりで文字から目を離し、珈琲を手に取る。残り一口はすでに冷たくなっていた。
……ここで煙草吸えたら最高なんだけどなぁぁぁぁ。
本にスピンを挟み、ソファーに寄り掛かる。シロちゃんの身体だし我慢はするが、気づけば貧乏揺すりをしてしまう。俺は空のカップを掲げ、マスターに示した。
「同じものをください」
はぁ、口調もなんとか落ち着いてきたなぁ……やれやれ。
あと一杯分、本の世界に潜ろうとまた文字をなぞる。
────
結局一時間と少しばかりくつろいだが、店を出た俺はマーケットへと足を向ける。肩にかけた大きめのエコバッグには読みかけの本。これはまた時間を見つけて覗く事にしよう。恋愛ものは趣味じゃねぇなんて思っていたが、開けばこの有り様だ。また一つ、俺の時間の過ごし方を見つけた気がする。
……しかし視線を受ける顔と身体してんだなぁ、シロちゃんは。
店が並ぶ道は人が多く、その中を歩いている俺なのだがさっきから鬱陶しいほど視線を浴びていた。ちらちらと遠目に、通り過ぎる瞬間の横目、通り過ぎた後の振り返った目。デニムにスニーカー、タートルのセーターに着替えて、それでも寒いからダッフルコートも羽織っている。普通のコーデも百九十センチのシロちゃんだと着こなしてしまうようだ。顔もまぁ可愛い発展途上の顔をしてるからわからなくもないが──俺は目立つのが嫌いだ。早歩きでマーケットに入って、一安心。
えーと、メモメモ……。
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