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アレキサンドライト・ロング・デイ【イエローサイド】──10
はい、困った。買い物の量が多かったわけではない。むしろ少なく肩も楽だし、むかつくから好きなお菓子も二つばかり買ってやった次第だ。帰って風呂で乾かしていた洗濯物を取り込んで畳んで飯の準備しつつ風呂入れて後片付けしてりゃあこの呪われた二十四時間も済むぞよっしゃ、とポジティブに考えていたのに何だこれは。
スマホでシロちゃんに完了ライーンを送ろうとしていた矢先に、女子高生現る。ばばーん。はい、脳内ふざけてみても現状変わらず。とりあえずライーン内容を全消しし、新たにこうタップする。
『うら若き女子高生が返事がどうのって言ってる。誰?』
電波よ、高速で届けてくれ。
そう願いつつ横向きだった俺はスマホを握ったまま女子高生に答える。
「……こんにちは、学校帰りですか?」
おそらくシロちゃんならこの子にもこういう口調だろうと予想したが、当たった。彼女はぎこちなく、はい、と答える。駅二つ向こうにある学校か、と推測して、申し訳ないが観察した。きちんと着られた制服は好印象。マフラーで一緒に巻かれた髪はくしゃりと柔らかそうで、袖口から少し出ている手は赤く染まっている。
「──はい。冷たそうだから」
と、俺はさっき買ったばかりの温かいお茶のペットボトルを出した。飲みながら帰ろうと思ったが、いいや。遠慮する彼女だったが、ん、とまたボトルを出すと受け取ってくれた。
……で、まだかい、シロちゃん。おめーは飯食ってる最中だったよなぁ? 電波障害か何かですかぁ? あぁん?
行動と逆に俺はブチギレ寸前である。そしてそれは始まってしまった。彼女の、再告白なるものが。
話を聞くと、彼女はこの辺に住んでいる女子高生で、以前定期入れを落としてしまったそうだ。そこには学生証も入れていたらしく、数時間後、このマーケットの前でシロちゃんが、探し物はこれですか? と定期入れを拾ったまま待っていてくれたそうだ。それが始まりで、学校や部活帰りに何度か見かけたり、鉢合わせた時には他愛のない会話をしていたらしい。
……シロちゃーん、お前ー。
これ以上のつっこみはやめておこう。良い行いではあるし咎めたりする事ではない。
そして彼女は、好きな人になってもいいですか、と言った。聞いた瞬間、俺が聞いて申し訳ないと心から思った。まさか中身が入れ替わってるなんて夢にも思わないだろうし、相変わらずシロちゃんからのライーンもない。きっと以前似たような事を言われた時は、保留という形を取ったのだろう。もしくは告げられた後時間を置かれたか、どっちでもいい。出なければ、返事を下さい、という言葉は彼女の口から出てこない。
俯いた彼女の手が震えている。温かいペットボトルを握りしめたまま、シロちゃんの答えを待っている。
「……俺は今、好きな人がいる」
何を言おうと──だがもう口は動いていた。
「相手は、俺を好きだと言ってくれる人だ」
付き合ってる人いたんですね、と彼女は言った。やばい、泣きそうな声だ。
「だから……ありがとうを君に言う」
伝わってくれ。ごめんなんて言いたくない。
これは橘司郎の言葉ではない。俺の、柳井結希の言葉だ。
こんな小さな子が勇気を出して告白しているんだ。聞いた俺が答えてやりたかった。
そして彼女は目元を荒々しく袖で拭うと顔を上げた。こちらこそありがとうございました、と晴れた顔を見せてくれた。ほっとした。それから脳の端っこである男が移った。
楠木透──トールさん。
ごめん。俺はシロちゃんになりきれなかった。トールさんが邪魔してきた。俺が今まで言えなかった事を言ってしまった。ちゃんと言わなきゃ伝わらないってわかってんのに、その欠片も俺は落とせていなかった。
くそ……っ。
照れ臭くて頭を掻いた。きっと読んだばかりのヘースケの本も影響している。ヘースケとシロちゃんは、俺を狂わせてばかりだ。一番狂わせるのは──むかつく眼鏡野郎だ。
拾ってばっかじゃ、駄目だって教えられた。
「……また声かけてやってよ」
しまった、シロちゃんだって事忘れてた。でも彼女は、今度は私が温かいものを、と一礼して帰り道とは逆方向に駆けて行った。
……青いなぁ……眩しくって俺は頭が痛ぇよ……。
タイミング良く悪く、ライーンの通知音が鳴って画面を見ると、随分のろまなシロちゃんからの文字が送られていた。
『どうなりました?』
ぶちっ。
キレた俺はシロちゃんにライーン電話をかけた。
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