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アレキサンドライト・ロング・デイ【イエローサイド】──12

 夜八時、シロちゃんのスイッチがオフになる時間が来た。ハナの呼び名からヘースケの呼び名に変わる。夜飯は鍋にした。これならいつもと味が違うなどと言われずに済むだろう。ネットのレシピ通りに作ったしな、とキッチンの片付けを粗方済ませて手を拭く。そして背中側から腰にしがみつく小動物に気をやった。 「はい、終わりましたよ」 「はーい……」  そのまま歩く俺にずるずると引きずられてもお構いなしに小動物ことヘースケは、がっちりホールドしたまま離れない。少し前に腹が減ったか仕事の切れ目だったかでそばに来たと思ったらずっとこうで、最初は何だ、と思ったがなるほど、ライーンでそれを知った。 『ハナさんは夜ご飯前になると電池が切れます。用意してる時に鬱陶しいかもしれませんが出来る限り我慢してください』  正直こんなヘースケは初めてで困惑した。俺ら友人間では絶対に甘えを見せない奴なのだ。もちろん疲れからの愚痴などは酒の場で聞く事はあるが、きっとヨーに教えたらビール二杯分は大笑いするだろう。ああしまった、ビールの事考えたら酒が飲みたくなってきた。しかしまだ離れないか、と自身の腕を上げて脇からヘースケを覗く。ふわふわでぼさぼさの頭をぽんっ、と撫でた。 「め──ご飯、冷めますよ?」  わしゃわしゃ、と髪を撫でまくってやる。 「ひひっ」  何だその笑い方。つーかいつまでしがみついて頭ぐりぐり押し付けてくんだ? 安心でもするのかねぇ……人肌恋しいとかって類か?  ……あーあ。  俺はヘースケの腕を引っ張りはがして、ぐる、と対面に向いた。そしてヘースケの脇に手を入れて、ひょいっ、と持ち上げる。 「ひょ!?」  いわゆる子供にする、高い高い、ってやつ。きっと自分の腕力だったら出来ないが、シロちゃんの腕力だったら軽々だった。にや、と笑う俺に対してヘースケは頬を膨らませている。やばい。 「僕の事いくつだと思ってるのさ……」  自分の行動を顧みろ。 「……ふはっ」 「むっ! 何笑ってんの!」  今のは無意識だ。  俺はヘースケが好きだった。なのにこんな事をしても何とも思わなくなっていた事に拍子抜けしたのだ。ついこの間の事だったはずなのに、心境の変化が面白かった。 「シロー君?」  やべ。でも、一言だけ。  ──幸せそうだ。  俺の声は極々小さかった。ヘースケは俺の上で首を傾げている。聞こえなかったのならそれでいい。  自分に言った言葉だったかもしれない。こいつらに言った言葉だったかもしれない。こういう、誰かといるという事が、ぬくくて、ひどく嬉しかったんだ。  するとヘースケは俺の頭を──シロちゃんの頭を軽くチョップした。全然痛くない。 「何かあったの?」  鈍いが得意のヘースケが珍しく、それすらも楽しくなってきた。 「……何も」 「ほんとにぃ?」  ほんとは、俺はユーキ──なんて、言えない。 「ほんとに、何もないですよ」  心配する事なんか、何にも。  シロちゃんもお前も、何かあったら俺が飛んできてやる。こんな形はごめんだけどな。 「はい、ご飯食いましょう」  そのまま椅子に下ろして席につく。こうやって変われたのには何の意味があるのかと思ったが、よかった、なんて言ったらシロちゃんは怒るだろうか。しかしこの視点は俺にとって、よかった。  あと七時間か……。

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