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アレキサンドライト・ロング・デイ【グリーンサイド】──13

 水回りをぴっかぴかに綺麗にして、冷蔵庫の中身も調理しまくって、洗濯物も乾いていないものはまだ干しているが畳めるものは畳んで直して、ついでに長風呂して疲労を軽減して、夜ご飯も栄養しっかりお腹いっぱい食べて、テレビを見ながらうとうとしてきた俺は、きちんとベッドに入って早めに就寝していた。その時間は九時半頃だったはずだ。  ふと目が覚めたのは物音だった。しかし変わらずユーキさんの身体は凄かった。  凄い……起きたいのに全然動かない……凄い……スマホ……十一時半か……。  何とか枕元の位置だけ手が動いて確認出来たが、指を滑らせて顔にスマホが落ちた。痛い。  ぴんぽーん。  こんな時間にインターホン? と不思議に思った。もしかしてユーキさん、と思いライーンを確認するが特に来るといったものはない。豆電球の薄暗いオレンジの部屋で少しばかり緊張していると、タイミングよくライーンが来た。ユーキさんからで──。 『今すぐ逃げろ』  ──と、書かれていた。  いや、あの……ちっとも身体が言う事聞いてくれなくてですね……むしろもう一回眠りに落ちようとしてるんですよ……。  ぼやけた視界も細くなって、また暗くなっていく。しかしインターホンはまた鳴り、今度は、がちゃ、と音が鳴った。  ……そういえば朝、ユーキさんが出て行ってから俺……鍵、かけてない……。  目は開かずとも頭が起きてきた。誰一人としてユーキさんを訪ねる人はいなかったし、俺もずっと家にいたが玄関に近寄る事はなかった。戸締りを怠るなどなんて事だ。しかし状況変わらず、身体が起きない。多々の眠気と少々の恐怖がそうさせているのか、まるで金縛りにあっているかのように俺は仰向けのまま寝ている。  そこにもう一度、二度、ライーンが来た。光が漏れないように布団の中で眩しさに目をやられながらも至近距離で確認する。 『駄目か』  駄目そうですぅ。 『今すぐ行く耐えろ』  耐えろとは、狸寝入りしろって事ですかぁ?  誰が、何が、と頭がパニックになってきた。そして声が聞こえた。 「──ユーキくーん、不用心ですよー」  布団を被っているため籠って聞こえる。  誰だろ……ご友人? あの人、こんな時間に訪ねてくる友達とかいなさそうなのに……じゃなかったら家族、兄弟とか? 家族構成とか聞いた事ないー。同僚さんとか……だったら休日ミュートの意味ないし絶対違うと思う。仕事のオンオフきっかりしてる感じだし……じゃあ誰?  靴を脱ぐ音がして俺は壁の方に寝返りして横向きに丸まる。スマホを握りしめて、早く来て、と願った。  ──ん? 身体が動いた。起き上がって追い払った方がいいのでは、と思った瞬間、俺はこの声に聞き覚えがある、と気づいてしまった。 「あら、寝てます? 既読ついたから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」  この飄々とした口調。 「お水、勝手に貰いますよー」  語尾を伸ばすクセ。 「寒ー、エアコン、と」  お構いなしなところ。  ──なんで、トールさんがユーキさんの家に?  ばくばくと鳴る心臓が煩い中、思考は捗らず、何で何で、が繰り返される。以前、俺が家政夫として雇われる前に一度だけ顔を合わせたと聞いた事があった。直接的な関係性はないと思っていたのだが、そろ、と布団の端から覗いてみる。  くぅっ、目が悪くて見えない!  また布団に戻って音を聞く。換気扇を回したのか、かちっ、とライターらしき音がした。この煙草の匂いは嗅いだ事がある。そして俺が寝ているベッドの足元に座られた拍子に反応してしまった。 「ああ、起こしちゃいました?」  灰皿はテレビの前のテーブルにもあるが、ベッド脇のチェストにも置いてある。わざわざこっちで吸うなんて。 「……こんばん、わ」  一呼吸置いてから答えた。 「ふふっ、こんばんわ。まだ寝ぼけてますねぇ」  そういう事にしてくれると有難い。俺はユーキさんとトールさんがどういう関係か知らない。  あれかなぁ……ヘースケさんから知り合った友達、とか? お互い煙草吸うし、お酒も飲むし……年はおじさんの方が上だけど、話が合う、とか?

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