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アレキサンドライト・ロング・デイ【グリーンサイド】──15
はっとしたがすでに遅く、トールさんは見た事がない顔を向けていた。いつものにこやかさなんかどこにもなくて、にや、と笑ったかと思えば、舌舐めずり。
「あ──」
「──今のは君が悪い」
言い訳の間もなくおじさんは顔を近づけてきた。あぶなーい! と俺は慌てて手の甲で口を隠し顎を上げて避けると、ふ、と笑われて首をやんわり噛まれた。トレーナーの裾から手が入ってきて、するりと撫で上げられた。ひんやりとした感触とか、触り方とか我慢するのが必死で、必死で。
もう、無理──と、叫びそうになった時だった。がちゃがちゃと物音がしたと思ったら、大声でこう聞こえたのだ。
「──何を、間違っとんだお前はっ!!」
後頭部を思いっきり殴られたおじさんは呻きを上げた後、俺に倒れ込んだ。
「ゆ、ユーキさ、ん……」
息を荒くした俺の身体のユーキさんがいた。靴のまま上がり込んで、凄く怒っている顔をしている。
「痛ぁ……何、どうし──ぐっ!?」
気づいたおじさんに、まずい、と思った俺は首に腕をかけて、チョークスリーパーの要領で締める。軽くタップされた時、今だと布団から抜け出した。おじさんは息はしてるし、大丈夫そう。
「あ、あの──」
「──とりあえず外」
「で、でも」
「ほっとけ」
そんなわけにはいかないので、布団を被せてもう一度確認する。酔いの方で寝てるみたいだ。
「ん、コート」
受け取ろうとした時、ユーキさんの手が──自分が震えている事に気づいた。ユーキさんも気づいたようで、ばさ、とコートを着せてくれた。
「来い」
そのまま手を引かれた。走ってきてくれたせいかユーキさんの──俺の手はとても熱く、とても安心した気がした。
「……うー……っ」
涙がほとほと零れ落ちた。家を出ても手首を離さないユーキさんは、やや後ろを見ながら白い息をはーっ、と出す。
「怖かったか」
そう、怖かった。あんなおじさん、知らなかった。でもユーキさんがライーンに書けないのも気づいた時にわかった。だから耐えたが、キャパが超えてしまった。
「悪かった」
誰もいない、ユーキさんだけがいる道は夜中の空気が冷たくて、まだ離れない手が優しかった。
入れ替わったのも本当は全然平気じゃなかった。ヘースケさんが近くにいないのも気が気じゃなかった。何もなかったけれど、さっきみたいな事があって──だからユーキさんもいっぱいライーンしてくれたんだと思う。俺が不安にならないように。自分だって不思議で奇妙な事に巻き込まれているのに、いつもなら休んでいる時間なのにこうやって助けに駆けつけてくれた。からかい上手で脅し上手なんて言ってごめんなさい。この手みたいに、ユーキさんはずっと優しい人だった。改めてそう思ったら、涙は止まるどころかどんどん溢れた。
「……そろそろ泣くのやめね? 自分の泣き顔とか見たかねーんだけど」
「す、すみませんんん。止めようと思ってるん、ですけどぉ」
自分でもびっくりするくらい止まらない。一回泣くと、ってやつかもしれない。
「あー、しょうがねぇな。なんか飲んで落ち着こうや。な?」
ユーキさんはおじさんとの事もあるのに俺に気を遣って、変に笑ってくれる。うん、と頷くと、ガキみてぇ、とまた笑った。
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