55 / 62

アレキサンドライト・ロング・デイ【ユーキサイド】──19

 重い足で部屋に戻った俺はコートも脱がずにソファーに腰を下ろした。重い足なんて言ったが、マンションの外で五分くらい時間を潰した。しかし寒くて我慢できず戻った──トールさんがいる部屋に。  テレビのそばに移動されていた煙草に腕を伸ばし、早々に火を点ける。今日ほぼ一日吸えなかったせいか少しむせた。  あー……。  張ってた肩の力が抜ける。家事とか走りとか口調とか、いつもしない事をしたせいだろう。立ち上る煙を見ながら今日をふけった。  ……やっぱ俺は気ままなのがいいや。寝倒す土曜日、夕方のビール、気にしない煙草。  そしてふらっと現れる、こいつ。  うつ伏せでベッドを占領しているトールさんを後ろに観る。すーすーと寝息が聞こえる。よく見たら部屋が綺麗になっていた。煙草を消し、乾いた喉にテーブルにあった飲みかけの水を飲み込む。コートを脱いで、電気を消す。ベッド際のスタンドライトを調整して光を緩くした。 「……ちっ」  俺は構わず布団を捲って、トールさんを壁の方へ押しやる。 「……んぅ?」 「あっち行け」 「あれ……う、頭痛ぁ……」  俺が思いっきり殴ったからな。 「酔って転んで寝てた」  そういう事にしておこう。 「そうだっけ……?」  くそ、酒くせぇ男くせぇ。  俺もうつ伏せに寝て眼鏡を外し、奪った枕を顔に押し付ける。長く息を吐いた。  なんか、疲れた。違う──安堵してる。いつもの場所に戻れた事に。 「……なぁ」 「んー?」 「──あんたが好きだ」  こんな時に言うなんてどうかしてる。でも言いたかった。間違えられたくなかった。あの時──シロちゃんが俺の身体の時、すげぇ嫌だったんだ。 「…………夢?」 「……ぶはっ。そー、夢かも」  夢でいい、どっちでもいい。片目分だけ横を向いてトールさんを見ると、トールさんも片目で俺を見ていた。眠そうな目は、半分夢を見てるせいか。 「……どうしよう」 「は?」 「夢なのに泣きそうだ……」  馬鹿じゃねぇの、とトールさんの頭に手を置いた。さらさらの髪にむかついた。  俺も──泣きそうだ。 「……寝ろ。今日は疲れた」 「えー……ムラムラしてきたんですけどぉ──むぐ、苦しい苦しい」  頭を押さえつけてやってもトールさんは笑っている。  こんな変な奴を好きになるとかどうかしてる。でも、どうとでもなる、とか思う自分がいる事も確かで。  だから、今日はここまで。 「手ぇ出したら叩き出すからな」  おやすみ、と俺は安心する奴の隣で目を瞑るのだった。 「…………ケツ揉むなっつってんだよ」 「ちぇー」 【アレキサンドライト・ロング・デイ──終わり】

ともだちにシェアしよう!