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オイルとオイル──1
平日の夜、アタシの店『riff』。
「いらっしゃい」
学生時代からの悪友、ユーキが来店した。珍しく昼時にライーンもくれていたのでそろそろかと待っていたところだ。
「ヨー、なんかつまめるもんと合うもん」
ヨーはアタシの名前。ちなみに身体も心も男、ハイヒールを履いているが勘違いしないでほしい。
一度家に帰ってから着替えてきたのか、デニムにラフなニットがらしく着こなされている。
「はーい、ここどーぞ。一人?」
「そ」
素っ気ない返事はいつもの事だが、今日はいつもと違う雰囲気が漂う。アタシに皮肉が言えないくらい何かを考えている時、悩んでいる時のユーキはこんな感じだ。そしてそれを計りながら喋るのがアタシの役目。
奥のソファー席ではなく、すぐ前のカウンター席に座るのはそれの表れだ。しかし今日はアタシの方もいつもと違うので気づいてほしい。その変化がちょうど店の裏の調理場から出てきた。
「い、いらっしゃい、ませ」
どうしてどもったのかしら。その声に気づいたユーキも声は出さなかったものの、目を丸くして驚いている。
「……なんでシロちゃんがいんの?」
どうやら知り合いだったらしいが、ヘースケのツレだから知り合いでもおかしくないか、とすぐに落ち着けてアタシはシロー君の背中をぽんっ、と叩いた。
「こいつもアタシと同級生なの」
「あ、高校の……そう、なんですね。驚きました。どうぞ」
熱いおしぼりをユーキに渡したシロー君も驚いた顔からいつもの顔に戻った。
「世間狭すぎだろ……でも何で? 家政夫クビった?」
「違いますよっ。夜だけですけど雇っていただいたんです」
「いやいや、一人辞めちゃったところでねー」
アタシから駄目元で誘ったのだが快く引き受けてくれて助かったの何の。平日と言ってもアタシ一人じゃ回すのが大変だったのだ。
「なるほどね。ヘースケは?」
今も追い込み時期──いつも追い込まれてるわねあいつ、作家先生は、部屋から出てこない、とシロー君は言う。作家あるあるなのかヘースケあるあるなのか、どっちかわからないが、久しぶりにあのちんちくりんをからかいたいな、なんて思ったが忙しいなら仕方がない。以前、ユーキに倒れただのと聞かされた時にはさすがに心配したものの、今はシロー君がいるのでそれもない。
……あー、独り身寂しーっ。
「ヨー、早く何か飲ませろぃ」
はいはい、とアタシは白ワインの瓶を手に取る。
「シロー君、さっき作ったあれ、お願いね」
「はい。少々お待ちください」
カウンターの中にも小さなキッチンがある。奥で作ってもいいのだが、お客が少ない時、簡単なものはここで作る事が多いのだ。お客側からは若干見える程度、音と匂いを少しだけ伝える。
「最近どう?」
ワイングラスに氷をからん、と入れる。
「どうって……別に──ってわけでもないんだけど……」
珍し、ユーキが濁した。
「お相手と喧嘩でもしたぁ?」
「……逆」
白ワインを注いで、ソーダで割る。軽く混ぜて、出来上がったそれをコースターの上に置いた。スプリッツァー、たまにはこういうカクテルも──。
「──一緒に住もうって、言われた」
……簡単に弾けた。
それが悩みの種だったわけか、とアタシはハイヒールの爪先でふくらはぎを掻く。
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