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オイルとオイル──2
「……のろけ?」
「断じて違う」
知っててのからかいは、きっ、とした睨みで消された。そしてその睨みはアタシの隣、シロちゃんに移動する。ちら、と見ると驚いた顔をしていて、それと良い匂いが鼻をくすぐった。
小さな鉄のフライパンの中でベーコンとマッシュルームが、じわじわ、ぐつぐつ、オイルで煮られている──アヒージョだ。
「おめでとう、ございます」
「……展開早ぇとか思ってんだろ」
おっと、二人にしかわからない話のようだ。
「す、少しは。でも速度はそれぞれなので。どうぞ」
木製の鍋敷きにフライパンごとユーキの前に出た。まだ、ふつふつ、とオイルが煮えている。
「ん。お前はとんとん拍子だったもんな」
「俺とは事情が違うじゃないですか。それと甘え、です」
そんな事言ったなー、とユーキはカクテルを飲んでベーコンを食べる。付け合わせに分厚めに切ったバケット。
はぁ、とため息をつくユーキは、速度か、と小さく呟いた。
「ヨーさんも知ってますか?」
一度だけここに連れてきた事がある。あの時の少しの会話だけで人の全てが見れるわけではないが、第一印象とあの日にアタシが推測した、わるい人ではない、というくらいの情報だ。
こういう事はアタシら他人に話しても似合う答えが出来る事はない。ユーキも重々わかっているだろうに、何がそうさせているのか。
するとユーキは煙草に火を点けてこう言った。
「何もかも初めてなんだ。あいつといると」
白い煙の中で、ユーキの中が覗けた。
悪友は恋愛をした事がないのだろう。想う事はあっても自分で停止線を張り、想われたとしても拒否してきたのだろう。きっとこのまま、一人のままでと考えていたに違いない。それが想われを拒否出来ず、想いにこたえた──でなければ一緒に住むなどと出てくるものか。予想以上の速さで近づかれ、今度は追いつけないと戸惑っている。自分を見せる事を苦手とするユーキが、アタシを頼るくらいに。
「……いい事じゃないですか」
うん? とアタシもユーキもシロー君を見る。
「深刻な顔してますけど、シンプルに考えれば嬉しい事でしょう? ユーキさんもおめでとうを拒否しませんでしたし」
そうだけど、と二人してまだ聞いてみる。
「何でも上手にできませんし、下手でいいんじゃないですか?」
じょうず、へた。
そしてシロー君は少し悪戯に微笑んで、ユーキを見下ろしながらこう言った。
「甘え下手でも何とかなるもんですよ?」
うわて、したて。
彼らだけの繋がりに口は挟まない。アタシが知るのはおそらく、もう少し後。
「……言うようになったねー、シロちゃん。この前はぴーぴー泣いてたくせによ」
「体力年寄り治した方がいいですよ。それと伊達に襲われてませんからこのくらいの仕返しはします」
「根に持つねぇ……」
襲われたってのを詳しく教えてちょうだいっ! っていうのは置いておくとして、いつものユーキの空気に戻った気がする。何の解決にもなっていないが、何か自分の中に、すとん、と落ちるものがあったのだろう。吹っ切れたようにカクテルとアヒージョを楽しんでいる。
元々火は点いていたのだ。そこに油をさしてもさらに燃えるだけ。
アタシが思う二人は、おそらく消える事はない。
軽く微笑むとユーキが突っついてきた。
「何だよ」
アタシの目に狂いはなかった。だってこんなユーキは新しく、面白い。こんな変化があるなんて、あの人はどんな魔法を使ったのか──使ってないのか。
まだ困って悩んで、迷子になる時はここに来ればいい。
『riff』はそういう場所。
「で、一緒に住むんですか? 引っ越し祝い何が欲しいです?」
興味津々、好奇心旺盛な十九歳のやや幼く直球な質問が飛んでくる。応援のつもりだろうか、ユーキにはちょうどいい強引さかもしれない。でもユーキは答えないだろう。
「教えねーよ。これ美味いな、他にも何か作ってシロちゃん」
ほらね、とツンデレたユーキにアタシは一杯、ご馳走するのだった。
【オイルとオイル──終わり】
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