59 / 62

ベッドにましゅまろ

 今日の朝食はネギとなめこのあつあつお味噌汁にほかほか白米、甘ぁい卵焼きにほうれん草のぱらぱら胡麻和え。 「いただきまーす」 「どうぞ。俺もいただきます」  配膳を終えたシロー君は朝だというのに寝癖一つなく、きりっ、とした顔で対面に座る。  橘司郎(たちばなしろう)君、十九歳。僕ん家の住み込み家政夫兼彼氏な人。背が高くて器用すぎる彼について最近思う事がある。  彼には欠点というものが、ない。  僕は寝起きという事もあり寝癖だらけでしかも顔も洗っていない。ついでに寝室からここまで床を這ってきていただきますの直前で目が冴えてきた。  お味噌汁美味し。  寝間着のままの僕に対し、シロー君はきっちり服を着ている。  卵焼き上手。 「……何か?」  おっと、見過ぎた。 「ううん、何でもなーい。昨日遅かったのに疲れてない?」  シロー君は僕の友達、ヨーの店でも働き始めた。住み込みだと時間が有り余るとの事。 「特に疲れはないです。朝も走りに行きましたし、いつも通りですね」 「え、そんな事してたの?」  聞くと、僕が寝ている早朝に起きては一時間くらい走っているそうだ。  えー……全然知らなかったやー……。 「ヘースケさんも走ります?」  綺麗な箸使い。 「やだ、死ぬ」  笑うと困った風に下がる眉。 「あはっ、死にませんよ」  朝っぱらからだが、聞いてみよう──。 「──僕、シロー君の顔が好きなんだけれどシロー君は僕のどこが好きなの?」  あ、むせさせちゃった。  シロー君は慌てて水を飲んで落ち着こうとしている。 「は、はい?」 「シロー君の顔が好きなんだけれどシロー君は僕のどこが好きなの?」  聞こえなかったわけじゃなく、とシロー君は今度は困って眉を下げた。今まで聞いた事がなかった気がする。一目惚れとは言ってくれたが、こんな童顔のおっさんのどこが、とか自分で言ってて悲しくなるからやめよう。  ほうれん草まぁまぁ美味し、ただの好き嫌い。 「俺の顔、ですか?」 「うん。かっこいいの自慢していいよ」  しませんよっ、とシロー君は大きな口でご飯を頬張る。  こういう照れたりするところは可愛く、成人していない幼さが出る。 「そういうの、自分じゃわかりません。それに駄目駄目野郎だと思ってますし」 「駄目ってどこがぁ?」  ずずーっ、とわざと大きく音を立ててお味噌汁を飲む。イケメンのイケメン否定など腹立つものはない。勝手な感想ではあるが。 「かっこつけ、とかですかね」  そう見えなくてどうにも首を傾げてしまう。いつも自然にほぼほぼ何でもこなしてしまうところは一朝一夕では出来ず、また新しい事でも容易にやってみせる彼だ。その解釈が、これ。 「変なとこ見せないように必死だったりするんです、俺」 「別にいいのに」 「だからかっこつけなんです」  なるほど。しかし今のところ全くわからない。 「──嫌われるのが、怖いんですよ」  少しでもヘマをしたら家政夫いらないって言われるかも、と冗談めいて言うシロー君だったが、僕は見逃さなかった。俯いた顔は、本気で沈んで見えたのだ。  何が彼をそう思わせたのかは知らない。知らない事だらけだが、これから知っていけば問題ない。僕はシロー君に何の問題もない。だから、こう言う。 「嫌いになんかならない」  顔以外だって僕は好きなんだ。頭が良くて、気配りも気遣いも出来る。雇用主と家政夫の関係を保ちつつ、彼氏と彼氏の関係も緩やかに一緒に進んでくれる。たまに口煩いのも、決めたらこう!という頑ななところも、体がおっきいところも。あとご飯が美味しいところも。 「僕に好かれてるって自慢していいよ」  大声でしていいよ。僕は胸を張って言える。 「……ふっ、ははっ」  シロー君が笑った。わかりやすい彼の顔が好きだ。僕の一言一言に返してくれる色んな表情は、可愛いの一言。 「はい、自慢します」  誰に言うつもりか、友達かな、と僕は最初の質問に戻った。 「それで僕の好きなとこ、どこ?」  そうですね、と大きめに切った卵焼きをこれまた一口で頬張るシロー君は、じ、と僕を見てきた。さっき僕がした事だが、食べているところを見つめられるのはなかなか気恥ずかしいものがある。 「んー……俺も顔ですかね。横顔が一番好きです」  仕事をしている時、物語に向かっている時、集中している時の僕は感情がないような顔になるらしい。シロー君は、ひどく凛々しい、と表した。自分じゃ見えないそれをわかる術はない。 「あとは──内緒です」 「なーにー?」 「内緒は内緒です。はい、そろそろ時間ですね」  壁時計に目をやったシロー君のスイッチが切り替わる時間が近づいてきた。ヘースケからハナへ──彼氏から雇用主へ変わる時間だ。  箸を置いて姿勢を正すので、僕もお箸とお茶碗を持ったまま少しだけ背筋を伸ばす。 「今日もよろしくお願いします」 「こちらこそー」 「ハナさん、それ脱いで洗濯機に入れてくださいね」 「え、まだいいじゃん」 「袖にチョコかなんかついてます。昨日隠れ食いした時に口、拭きましたね?」 「うっ……」  午前八時半、内緒が気になるがさらに叱られそうな予感がしたので僕は慌てて朝食を終えるのだった。 ────  午前一時少し前、バイトから帰ってきた俺は静かにヘースケさんの部屋を覗く。この前は起きていたが今日は部屋が暗くもう寝てるようで、廊下から漏れる灯りを頼りにベッドへと忍び足。  ──俺が好きなところは、これもだ。  ……はー……落ち着く……。  ヘースケさんは一度寝てしまうとなかなか起きない。それに寝相が悪く、布団も服もはだけ捲れている事が多い。  最初は出来心──今は内緒。  ふよ、としたお腹の感触がたまらなく心地良いのだ。手では飽き足らず、顔を横に頬でその柔らかさを堪能するこの少しの時間は至福で癒しの時だ。かっこつけの俺だからこんなところはばれたくなかったり、だがクセになってしまっている。  どうか、もう少しだけ起きませんように。  内緒の、内緒。 【ベッドにましゅまろ──終わり】

ともだちにシェアしよう!