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アングレカムの告白
黒い服は嫌いだ。
この日を思い出すから。
「……浮かない顔だねぇ」
鏡に映る自分に問いかける。
いつも着ないスーツは背筋が伸びた気がする。
いつも下ろしている前髪も掻き上げるだけで景色が違う気がする。
問いかけ終了。
靴箱から黒い靴を取り出して履く。
──ああ、爪先とんとんはしないようにしなきゃ。
街はどこもかしこも賑やかだ。
オーナメントや音楽は祝日の前日を彩り、通り過ぎる人達を浮かれさせる。
名前も知らない赤い花や緑の葉達が眩しい花屋に足を入れた。
目当ては街の様子に似合いの花ではない。
もう予約は入れてある。
「……こんにちは」
初老の店長が僕に気づいた。
言葉はなく、微笑みと軽い会釈のみで迎えてくれる。
お喋りは嫌いだ──特にこんな日は。
だからこの店を好む。
四度目の今日を選んだのも間違いではなかった。
白い花。
焦げ茶色の包み紙。
艶のある赤黒いリボンテープ。
「……華やかだ」
いい一日を。
中身を知っている店長は粋な言葉をくれた。
僕は遅れてほころぶ。
冷たい風が頬をなぞる。
マフラーをしてくればよかったかと今更思った。
拓けたここは、石が並ぶ場所──家族が眠る場所。
「……四年ぶりだね」
四度目の今日。
四年前の今日。
──君が眠った日。
掃除をし、買った白い花を飾る。
そして半紙の上に、俺の指にはまらない一回り小さな銀色の指輪を置いた。
ラベンダーの線香に火をつけ、皿に寝かせる。
手を、合わせた。
僕は、告白する。
君は体が弱い人だった。
病院が友達とふざけて言っていた。
でも気丈な人だった。
泣き言よりも文句が多い人だった。
道でぶつかるという漫画のような出会いをした。
パンではなくスマホが落ちて画面にヒビが入ったのを思い出す。
たまに会うようになって他愛のない話をした。
挨拶から天気の話、好きな話から嫌いな話をした。
それがいつしか多くなった。
道で、店で、病院で、どこかで会っていた。
でも、それは恋ではなかった。
お互いわかっていた。
僕も君も、気づいていた。
それでも君は一生で誰かと一緒になるならと僕を選んだ。
……少ない日を予感していたのだろう。
僕はそれでもよかった。
あの日は、今日のように寒くない天気がいい日だった。
……よかったよ、君と一緒になれて。
たった半年の家族でも。
子供のように抱き合ったのも──たった一度だけも、抱き合わなかったとしても。
僕達は家族だった。
他の誰も理解しなくても、僕達は家族だった。
……好きな人が出来た。
君のように強くて弱い人だ──なんて、比較するなんて君はきっと怒るし、好きな人も怒るね。
許しが欲しいなんて思わない。
謝ったりもしない。
でも、だから──言いたかったんだ。
手を解いた僕は立ち上がり、煙草に火を点けた。
煙る中で君を想う。
眠る君は悲しいほど醜く、美しかった。
最初で最後のキスは酷く、冷たかった。
「……同じ名前なんてね」
楠木優紀 の名前を目でなぞる。
きっと君が僕の告白を聞いていたらこう言うだろう。
──私に似てるんならきっと素敵な人に違いないわ。
……ああ、声が聞こえた気がする。
変に笑えてきた。
都合のいい妄想なのに、なんでかしっくりきてしまった。
煙草を消す。
君と恋はなかった。
恋があったら──いや、よそう。
僕は左薬指の指輪を外す。
そして妻だった君の指輪と一緒にコートのポケットに仕舞った。
また来年会おう。
その時は僕の好きな人を紹介させてくれ。
君と同じくらい、愛がある人なんだ。
きっと君も気に入ると思う。
【アングレカムの告白──終わり】
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