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第3話 side:A

初対面の、それも道で会っただけの相手を部屋に上げるなんて、普段なら考えられないことだ。 けれどアユムがそうしたのは、彼に、自分と似たものを感じたからかもしれない。 「(こころざし)(わらべ)でしどうって読むんだ、かっこいい名前だね」 「漢字をよく間違えられるけどね」 部屋でふたり分の飲みものを用意しながら、アユムは内心自分の行動に驚いていた。 (僕、この人を自分から誘ったよね?) もの珍しそうに部屋を見回す彼は、身を屈めてドアをくぐるくらいに背が高い。 体格差からいって、何かあったら力では敵いそうになかった。 けれどもそのやわらかな雰囲気が、こちらに警戒心を抱かせない。 (ハヤトとは真逆のタイプだ) 恋人は人との間に壁を作るタイプで、そのミステリアスな雰囲気と才能に高2のアユムはすっかり恋してしまったわけだが……。 (僕の相手はホントにハヤトで合ってたのかな?) そんなことをぼんやり考えつつ、アユムは飲みもののグラスをローテーブルの上に置いた。 「とりあえず、コーラがあったから」 「ありがとう」 「あとは……そうだ、サラダでも作るよ」 テーブルの上のチキンバスケットを見て言う。 その中にサラダが入っていたとしても、きっとカップ入りの小さいやつだ。 「えっ、作ってくれるの?」 志童が驚いたように声をあげる。 「うん、余り物で適当に」 それから冷蔵庫にあった水菜とちりめんじゃこでじゃこサラダを作ると、彼はそれだけで大げさに喜んでくれた。 「すごいね! ちゃんとしたクリスマスのご馳走って感じだ」 「そうかなあ? 肉と野菜と……そうだ、トマトのスープがあったよ。フリーズドライのやつ」 「いいねえ、それで彩りも完璧だよ!」 志童は大きな体で無邪気に喜びを表現するので、アユムも自然と笑顔になってしまう。 「ふふっ、ならそれも用意する」 (初対面の人といるのに変だけど、こんなホッとする時間は久しぶりかもしれない) スープのマグカップにお湯を注ぐ間、志童は隣でそれを嬉しそうに眺めていた。 * 「じゃあ、乾杯!」 「メリークリスマス!」 ひとり暮らしの部屋の小さなローテーブルを囲み、コーラで乾杯する。 かぶりついたチキンはまだ温かかった。 「そういえば、アユムくんのカレってどんな人?」 しばらくして志童が、油のついた口元を拭いながら聞いてくる。 「さっき、仕事が命ってことは聞いたけど」 「そうだなあ」 頭を悩ませたアユムは本棚から彼の単行本を持ってきた。 「冷泉羽矢斗(れいぜい はやと)って知ってる?」 「その本を書いた人?」 「うん」 「ごめん知らない。活字苦手だから」 「そっかー……」 なんとなくそんな気はしていたけれど、出版社の人間としてはガックリする。 「まあいいや。顔はこの人に似てる」 表紙を捲ったところにある、著者近影を開いて見せた。 「へええ」 あまり表情のない白黒の写真を、志童は真剣な顔をして見つめていた。 「感想は?」 「え……?」 横から覗き込むようにして話しかけると、彼は驚いたように顔を上げる。 「こういう時はカッコイイとか優しそうだとか、適当に褒めるんだよ」 (活字読まない人はそういうことしないのかな?) 取り繕われるのは好きじゃないけれど、その場がフリーズしてしまうのも少し困る。 と、彼がぽつりとつぶやくように言った。 「どうなんだろう、優しくはないのかも」 「……?」 「この人、一緒にケーキ食べてくれないから」 「……あ」 (活字読まないくせに、ここで本質を突いてくるのか!) 胸の間がえぐられたように痛む。 「あっ、本人じゃないんだよね?」 「ははっ、本人じゃ、ないよ……」 笑おうとしたけれど、自然に笑えない気がして諦めた。 「でも彼も、人気者で忙しいんだ。今日がクリスマスイブだってことも忘れちゃうくらいに」 「えっ、忘れてるの?」 「うーん、電話で話して、そうかなって……」 電話でのやりとりを思い出し、またつらい気持ちになる。 「理解はしてるけど……。今日誰かに一緒にケーキ食べようって口説かれたら、僕、浮気しちゃってたかもしれない」 「えー……」 一緒にケーキを食べようと口説かれた方の志童は、パチパチとまばたきをくり返していた。 「浮気はよくないよ。すごーく気持ちは分かるけど……」 「だよねえ」 「でも天心のあれは浮気なのかな……」 (え……?) しょんぼりと肩を落とす彼を見て気がついた。 アユムは自分のことに精いっぱいで、余計なことを言ってしまったらしい。 「だ、大丈夫だよ、接待だって言ってたじゃん!」 「接待ってつまり、一緒にご飯食べて仲良くするってことだよね?」 「え……そうなるのかな……」 活字を読まないこの人は、純粋な目で世界を見ている。 「でも仕事なんだからお金のためだよ。損得勘定なく一緒にいられるわけじゃない。だから、心配しなくていいと思う! 彼が純粋な思いで一緒にいたいのは、たぶん……」 まったくなんの根拠もないけれど。 目の前の人を励ましたくて、アユムはよく知りもしない相手のことを力説していた。 それからそんな自分に気づいて恥ずかしくなる。 (これじゃ知らない人の写真を見て、カッコイイとか優しそうだとか、適当に言うのと変わんないな……) ところが彼は、嬉しそうに笑ってくれた。 「優しいね、アユムくんは」 「ええっ、そんなことないよ」 眩しげな笑顔を向けられてドキリとする。 志童がくせのある髪を揺らして首を横に振った。 「絶対優しいよ。アユムくんのこと、ちょっと好きになっちゃったかも」 「へ……?」 直球すぎる言葉にアユムはパニックになる。 (いや……これはきっと、深い意味はないよね!? 僕が勝手に意識して……) 「アユムくん?」 「えーと、なんでもない! お茶入れてくる」 「え……、うん」 キッチンへ向かう背中に、彼の不思議そうな視線が突き刺さった。

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