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第14話

「そういえば、見たぞ」 「えっ?」 「この間の二時間ドラマ」 「……あ、サスペンス?……見たの?」 「あぁ、見てたらお前の顔があって少しびっくりした、お前やっぱり芸能人だったんだな」  ふわりと柔らかく笑う樹。樹の方が余程、スクリーンに映ってもおかしくない程に整った顔をしている。 撮ったのは半年程前、学園で殺人事件が起こるという二時間サスペンスだ。それの生徒役として出演していたが台詞はあったけど「オレは見ていません」の一言。 でも、その他大勢の中の一人なのに、偶然だとしても見つけてくれたのは嬉しい。 「また出るのか?」 「ん……今のとこない……」 「そうか」  樹に言える予定がないのが悲しい。芸能人などと言われても優志はまだまだ新人の域を出ないのだ。  隣で座る樹の手が伸びて優志の頭を優しく撫でる。頑張れって言ってくれているようで嬉しい。 「樹さん」  わざと、甘えた声で呼ぶ。  樹の手は髪から頬を滑りそのまま顎から首筋へと降りる。少しひやりと感じる樹の手の平、自分の体温が上昇しているからだろうか、単に樹の体温が低いからだろうか。  分からないけど、その温度差は気持ちいい。 「樹さん……」  呼んで、目を閉じる。すると待つまでもなく、樹の唇が優志の唇に重なった。  ゆっくりとソファーに押し倒される、そのまま下から腕を伸ばし樹の背中にしがみつくようにして抱きつく。 「……樹さん……」  好き。  いつも心の中でしか言えない言葉を今日も同じように繰り返す。  再びキスされて、だんだんと熱が上がって、頭の中は何も考えられない位真白になってゆく。  今日もいつもと同じ。  抱かれた後に少しだけ休ませてもらい、優志は朝日と共に始発電車に揺られ狭い部屋に帰った。  夕方のバイトを終えていつものように部屋に帰る途中、マネージャーの岩根から電話があった。岩根は優志の所属する芸能事務所の新人担当のマネージャーだ。 「オーディションの話なんだけど」  そう言って切り出したオーディションの内容は、優志に取って思ってもみなかった仕事だった。  それは念願の舞台のオーディションだった。 ***  週末バイトが終わった優志は自分の部屋に帰らずに、樹のマンションへやってきた。 「オレ、今度舞台のオーディション受ける事になったんだ!!」 「舞台?」 「うん!」  いつもだったら落ちるかもしれないから、そんな理由でオーディションを受けてもそれがどんな内容だったか樹に話した事はなかった。  だけど、今回はオーディションを受けられる事が嬉しくて、絶対にその役が取りたくて優志のテンションは上がりその勢いで樹にも話をしてしまった。 「舞台……今回で2作目のなんだけど……原作は漫画で、オレ原作の大ファンで……だから受けられるだけでも嬉しいっていうか……」 「へぇ、何ていうコミックなんだ?」 「アクターズっていう高校の演劇部が舞台の少年漫画」  少年向けの週刊誌に連載しているもので、優志は単行本は全巻揃えているし、立ち読みだが毎週欠かさず連載も読んでいる大好きな漫画だ。  原作ファンという事もあるが、この舞台を足掛かりにテレビや映画などのメディアに進出した新人俳優が多いのだ。それは大きなチャンスと言えた。  前回の舞台に出てから映画の主演や、深夜枠だが連ドラの出演が決まった俳優達の目ざましい活躍を目の当たりにしているので、優志がやる気を出すのも無理はない。  舞台に出られればチャンスは広がる。  だからこそ絶対に役が欲しいと切実に思うのだ。 「いつオーディション受けるんだ?」 「来月……」 「そっか……頑張れよ」 「……うん」  伸びてきた樹の手の平が優志の頭をそっと撫でる。応援してくれるのが嬉しい。この人に頑張れって言われれば、何だって出来そうな気さえする。 「頑張る……」 「舞台か……最近見に行ってないな……」 「見に、行くの?」 「ん?あぁ……昔は結構行ったな……友達が舞台の役者やっててな」 「そうなんだ……!あ!そういえば、美月ちゃんも今度舞台があるって?雑誌で見たんだけど……」  美月という言葉に樹は嬉しそうに相好を崩す、シスコンの樹に振ってはならない話題だったかも知れないと気付いたが、もう遅かった。 「そうなんだよなー、あいつ隠していたんだぜ……酷いよな……どうして兄なのにファンクラブからのメールで知る事になるんだっていうの……」 「見に……」 「あぁ、行く行く。ファンクラブシートもあるしな」 「……そう」  そのまま話題は美月から樹のお気に入りのアイドルの話になると、優志はおなざりに聞き流しこっそりとため息をつくのだった。 役者の友達の話も聞きたかったな、そうは思ってももう聞けそうにない。  分かりきった事だが、優先順位が覆る事はないのだ。自分は決して、美月や他のアイドル以上になる事など出来ない。  樹の楽しそうな顔を見て思う。  でも今隣に居るのは美月ではなく、自分だ。  一番になれなくても、側に居られる事は出来る。 「じゃあ、オレ……そろそろ……」 「ん?帰るのか?」 「……うん、終電まだあるし」  あと少しで日付が変わる。今ここを出ればまだ終電に間に合う。泊まるつもりはなく来たのだ、あわよくばとは思っていたが樹は今長編の原稿を抱えているとさっき言っていた。邪魔しては悪いので、帰ろうと思ったのだ。  いつだったか、夜の時間帯の方が執筆が捗ると聞いた事があるから。これから仕事なのだと思った。 「……そうか?泊まっていかないのか?」 「え……」 「あぁ、明日早いとかならいいんだけどな」 「……ううん……別に……」  驚いた。だって、樹からそんな事を言ってくるなど思ってもいなかったから。寝てしまって泊まっていった、という事は今までもあったけれど。しかも、ほぼ素面で泊まった事はなかったのではないだろうか。  いつも帰ると言っても引き止められた事などないから、もしかしてこれが初めてじゃないだろうか。 「……いいの?」 「あぁ…構わないが」 「……じゃ、じゃあ……泊まっていく……」  嬉しくて笑った。そんな優志を見て、樹も目を細め口元に笑みを浮かべた。  なんだか照れる、こういうの。恋人みたいだと錯覚しそうになる。 「樹さん……」  錯覚だと自覚してしまうと、気持ちが落ち込みそうで。樹の前では上手く演技が出来なくなる。  だから悟られないように腕を伸ばし、樹の首に抱きついた。 「樹さん……したい……」  こんな風に男を誘う自分を樹はどう思うだろう。  どう思われたっていいや……。  一緒に居られる時間が欲しい。その熱しか手に入らないから、自分を抱いてくれれば、それだけで。

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