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第13話

 マンションから程近いスーパーで買い物をして、ビニール袋を提げ二人して樹の部屋まで戻った。  ちょっとだけ同棲してるような気分になれて嬉しい。  一緒に買い物して、一緒の部屋に帰るのなんてきっと無理だから。 「コーヒー淹れてくれ」 「うん」  樹は冷蔵庫に買って来た野菜や肉などを仕舞いながら、優志に視線を向けた。  優志は頷いて、食器棚からインスタントコーヒーの瓶を取り出す。コーヒーメーカーもあるのだが、面倒臭がりの樹はいつもインスタントで済ませてしまっていた。  スーパーの帰り道近所のケーキ屋で、ケーキを買って来たのだ。  箱から取り出したケーキを小皿に移し、リビングのテーブルの上に置く。  こうやって二人でケーキを食べるのなんて初めてだ。  今日は樹さんとラーメンを食べに行って、スーパーへ買い物に行ってケーキを買って帰ってきた。きっとこんな事はもう二度とないだろう。  余りにも珍しい事尽くしだ、今日はデート記念日だと心の中だけで思う。 「おいし……」  買ってきたのはフルーツタルトだった。  イチゴやキウイ、グレープフルーツ、オレンジ、パインと様々なフルーツが乗ったタルト。先端にフォークを入れ一口、口の中に入れるとさっくりとしたタルト生地と果物の甘酸っぱさ、その間の甘いアーモンド生地のバランスが絶妙で忽ち優志の顔には笑みが広がった。 「うん、美味いな、これ」 「うん」  サクサクと切り分けながら口の中へ運ぶ。  甘いものは好きだけど、自分でケーキを買って食べたりする事はないので久しぶりに食べた。樹も嫌いではなさそうだし、今度差し入れに持ってくるのもいいかもしれない。 「……で、どうしたんだ?」 「ん?」 「何しに来た?」 「……ん……うん……」  口の中の物を飲み下し、マグカップを引き寄せ手の中に収める。  樹に急かすような素振りはない、その穏やかな表情は自分がここに来た理由を分かっているからかも知れない。だからゆっくりと優志はここへ来た理由を告げた。  ホントはここへ来て直ぐにでも言いたかった事。  でも、それどころじゃなくて……。 「……んと、ね、読んだよ……樹さんの……新刊」 「そうか、ありがとな」 「うん……面白かった」  こういう時、自分のボキャブラリーの貧困さが恨めしい。言葉を尽くして、賛辞を述べる事が出来なくてもどかしい。 「前の話も好きだけど、今回のも面白かった……あの人、イラガさん、いいよね……」  樹の新刊は月刊の小説誌上で連載しているシリーズもので、過去に単行本が出ている。  イラガという風変わりな舞台役者が独り暮らしをしている、コーポさざんかを舞台にした人情物の短編集だ。 「そっか、ありがと」 「……うん……」 「雑誌は誰かに聞いたのか?」 「ううん……たまたま……バイト先に置いてあって……表紙が美月ちゃんだったからちょっと中見てたら……出てて……」 「そっか」 「うん……」  今更だが、大した事でもないのにあんなに騒いだ自分が恥ずかしい。 「……多分言いに来たんだろうなとは思ったんだけどさ……お前なかなか言ってこないからな……」 「えっ……」 「前にも言ってきただろ……」 「……うん……」  まだ出会って間もない頃、その時出たばかりの新刊を読んだ感想を伝えに来たのだ、その事を言っているのだろう。  あれは、樹に会う為の口実だったのに。 「ちょっとな……嬉しかった……だから今日もそうなのかと思ってな……」  照れたような小さな笑顔。  感想としてはちっぽけな自分の言葉に、そんな風に笑いかけてくれるなんて。 「……うん……樹さんに…直接言いたかった……から」 「ありがとな」  こちらこそ、ありがとう。  言いたい言葉が出てこなくて、不意に沸き上がった熱意は目の奥を熱くしたから。優志は慌て立ち上がり誤魔化すようにキッチンへ逃げた。 「コーヒーお代わりいれてくる」  奪うように持ってきてしまったカップをシンクに置き、ちらりとリビングを振り返る。樹はこちらに背を向けているので気付いていないようだ。 ***  鍋が食べたい、と言った樹が選んで買ってきた材料で一緒に夕飯を作った。  食べ終わると途端に眠そうな顔になった樹をソファーに残し、優志は後片付けをすると壁に掛かる時計に目を遣った。  そろそろ19時。  まだ電車も十分ある、頃合いだろう。あまり遅いと樹が寝てしまうかもしれない。 「樹さん」 「ん?」  ソファーの背凭れに寄り掛かり、船を漕ぎ始めていた樹がぼんやりした目を優志に向けた。 「オレ……帰るね」 「……あぁ……そうか……」 「うん……じゃあ……おやすみなさい」 「あぁ」  くるりと背を向けると背後で立ち上がる気配がした。  廊下に出て玄関に向かう優志の後を樹も着いてくるので、どうやら見送ってくれるつもりらしい。 「……じゃあ」 「あぁ、気をつけてな」 「うん」  当然だが、引き止めてくれるような気配はない。  眠そうだし、仕方ない。落胆を悟られないように優志は努めて明るい声を出した。 「じゃあ、また」 「優志」 「……はい?」 「次はいつ来るんだ?」 「……え?」 「お前今日は泊まっていかないんだろ、だから次はいつ来るんだ?」 「えっと、あ……あ、うん……」  頭の中で素早く今週の予定を思い浮かべる。  今日が水曜日で日曜日までは毎日バイトがある。日曜日は今のところ、何も予定はない。撮影も来週だし、大丈夫。 「……日曜日……」 「分かった」 「いっ、いいの?」 「あぁ……大丈夫だろ」  多分締め切りとかそんなのを考えているのだろう、ちょっと難しそうな顔をしたけれど。でも、大丈夫と言ってくれた。 「……じゃあ……日曜日に」 「あぁ」  手をちょっと上げて、口の端に浮かんだ笑顔は柔らかくて。  抱きついて、その唇にキス、したかった。  でも、恋人同士じゃないから。  そんな甘い別れの挨拶はなくて、当たり前なんだけど、やっぱり寂しくて。  やっぱり樹さんが好きだと思った。そう思ったら帰り道、切なくて少しだけ泣いた。

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