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第17話
世間がクリスマスに浮かれようが、自分には関係ない事だと思っていた。
恋人がいる訳でもないし、家族や友達と過ごす予定もない、独りきりのクリスマスでもどうって事ないって思ってた。
だけど、それはただの強がりでしかなく、本当は心の奥底では寂しいと思ってた。
そう思っていたからかもしれない。
だから、それはきっと神様からのプレゼントなのだと思った。
そんな幸運、願う事すらしなかったのだから。
始まりはバイト先で起こった。
「え?24日?」
「そう、バイト代わってくれない?」
「……いいけど……町田さん、予定あったんじゃなかったっけ……?」
12月24日、クリスマスイヴにバイトを休みたいという人間は多いのにわざわざその日にバイトに出たいと言ってくる人間が居る事に優志は驚いた。しかも、町田には遠恋中の恋人がいて24日は有給を取って帰ってくるという話を聞いていたからだ。
「そうだったんだけど……急に会議が入っちゃったんだって……だからその週末に遅いクリスマスやるのね、だから悪いんだけど24日と29日を代わって貰えないかなって思って……」
「うん、別にオレは大丈夫だけど……」
「ホント?!ありがとう!イヴなんだし、江戸川君も遊びなよ、若いんだから!」
5個しか違わないのだから、町田も十分に若いのだが20歳と比べたら若くないと思っている節がある。
優志は複雑な心境で曖昧に笑った。出来れば24日はバイトをしていたかった。
予定のない一日を過ごすよりは、バイトに入っていた方が幾らかマシだと思っていたからだ。
実家に帰る気にはなれないし、友達と過ごすといっても高校を卒業してからというもの友達達とも疎遠だ。よくつるんでいた連れはいたが、彼女がいるからイヴは空いていないだろし、やっぱり独りで過ごすしかないだろう。
「はぁ……」
師走に入ってからというもの、寒さも一段と厳しくなった。日中は日差しがあればコートだけで凌げるが、夜はマフラーも手袋もなければすぐに体は芯から冷えてしまう。
バイトが終わるのはだいたい夜の23時過ぎ。今日も寒さを堪えながら家路に着く、その予定だった。
バイト先の居酒屋は駅前の繁華街にあって、優志の住むアパートとは駅を挟み反対側だ。通勤時間は十分、帰る途中に深夜まで空いているスーパーもコンビニもあるから賄いがない時は、夕食はそのどちらかで調達している。
駅前を歩いてい目に付くのは「クリスマス」の文字。ツリーやリースがどの店にも飾られ、街灯にまでイルミネーションが巻きつき街全体がクリスマス一色だ。
クリスマスまであと一週間。
予定がある人は楽しみな一週間になるだろうけれど、予定もなく又予定が入る見込みのない人間にしたら、取り残されたような疎外感ばかりを味わう一週間になるだろう。
別にいいけどさ……。
どうって事ないと心の中で呟く。
だって、一番一緒に居たい人とイヴを過ごすなんて出来っこないのだから。
それはどう望んだって叶いっこない、だから初めから願ったりなどしない。
自分は彼にとって、恋人でも家族でも、友達でもないのだから。
「……はぁ……」
意味もなくため息が出る。それは直ぐに夜気に紛れたけれど、心の中にはため息が蓄積されたように重苦しい。
世間が騒ぎすぎるからいけないのだ、なんで皆キリスト教徒でもないのに、違う国の神様の誕生日をこんなにも盛大に祝うんだろう。
また出そうになったため息を噛み殺す。
こんな気分の時に一人でなんて居たくない、だけど、一緒に居たいのは……。
友達でも家族でもなく、ただ一人だけ。
優志はコートのポケットに入れていたスマホを取り出すと、履歴から番号を呼び出し通話ボタンを押した。
多分、二、三言言葉を交わせば気分も浮上する筈だ。そう思い掛けたのは、今一番会いたい相手だった。
「もしもし?」
「あ……遅くにごめんなさい……もう、寝てた?」
「いや、大丈夫だ……どうした?」
「あ……えっと……」
どうしたと言われても、どうもしてない優志には次の言葉が出てこなかった。
正直に声が聞きたかったなんて言ったらきっと、うざいと思われるだけだろう。
「丁度いい、お前に話したい事があったんだ」
「え?おれ、に?」
「あぁ……お前今日はバイトか?」
「バイト終わって帰るとこ……」
話ってなんだろう、そんな事言われるとは思わなかったので、優志の心臓は急に速さを増した。
「じゃあ、今から来るか?」
「え?いいの??」
「あぁ、お前がよければな……もう、遅いから泊まっていってもいいし」
「い、いく……あと30分位で行けると思う……」
「分かった、じゃあ、待ってるから」
「うん……」
そこで通話は終了した。でも、暫くの間優志はスマホを握ったままの姿勢で立ち尽くしていた。だって、今までこんな風に誘われた事などなかったから。
話の内容は気になるし、少し不安もあるけれど、それでも今日は泊まってもいいって始めから言ってくれた。
それが嬉しくて、気持ちはフワフワとしたまま優志は元来た道を戻り駅へと急いだ。
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