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第26話
オーディションは落選続き、あまりに続くとやはり才能がないのだと認めざるを得ない。
樹に話しながら優志は自分のダメさ加減を再認識していた。
「……ごめんね、暗い話しちゃって……」
「いや、そうだったのか……残念だったな」
「うん……」
俯いて話ていたからか、樹は優志の頭を優しく撫でてくれた。慰めてくれているのだろうか、その心遣いが嬉しかった。
「まだまだこれからだろ、お前は……諦めずに頑張れよ」
「うん……そうだよね、これからだよね……」
「あぁ」
力強く頷く樹に励まされ、優志の折れそうだった心は元の強さを取り戻しつつあった。
頭から離れた樹の手に寂しさを感じてしまったが、慰められるよりも励まされる方がいい。
頑張れって言ってもらえたんだ、頑張らないと。
「ありがとう……樹さん……あ、あの、オレの話になっちゃってごめんね……樹さん、何か用があってオレを呼んだんでしょ?」
「あぁ……うん、そうなんだ」
冷めたコーヒーを一口啜ってから樹は思ってもみなかった事を口にした。
「ドラマに出てみないか?優志」
「え……?!」
「秋から始まるドラマにオレが書いた本が原作に使われる事になってな……『彼方』読んだか?」
「うん、読んだ……あれ、ドラマ化するんだ……」
確か去年位に出た恋愛小説だ。主人公のプロボクサーの青年の挫折と再起、それを支えるバツイチ子持ちの彼女との恋愛。
子供は障害を持っていてその事が原因で旦那と別れた彼女、子供に夢を与える為に挫折を乗り越える勇気を持った主人公の姿に胸を打たれたのを覚えてる。
「まだ配役は決まってないんだけどな……プロデューサーからキャストに関して何か希望があれば聞ける範囲で聞くって言われてんだ」
「……え……」
「勝役をやってみないか?」
「え?!主人公…だよね?!しゅ、主演?!」
「あぁ」
「……樹さん……そんな……」
「直ぐ決めなくてもいいから、考えてくれよ、まぁオレがやってくれって言ってもプロデューサーが何て言うかにもよるんだけどさ……」
「……」
俄かには信じられない話だった。どうしてそんな話をするのか、そもそもドラマの主演が自分でいいのか。
主人公の勝は確か25,6歳、無骨で不器用な男で……もしかしなくてもオレはそのイメージには当て嵌まらない……。
あの話は樹さんの知り合いのボクサーの話が元になっているって何かで読んだ、モデルがいるのだ、その人に近い人を選んだらいいのに……。
「樹さん……あの、勝はオレのイメージじゃないと思うんだけど……」
「あぁ……そうだな……あぁいう泥臭い男役は嫌か?」
「そうじゃなくて……イメージじゃないのに……何でオレにそんな話するの?オレが演ったらドラマの評判落ちるよ、っていうかプロデューサーが良いって言わないと思う……」
「何でって……お前は俳優だから……どうかなって……思って……」
「俳優だけど……オレだってドラマ出たいし、どんな役でも演じたいよ……でも……あの話って樹さんの知り合いの人が元になっているっていう話だったよね……」
「あぁ……」
戸惑ったような樹の声。きっと優志が素直に喜ぶと思っていたのだろう、反対されると思ったいなかったに違いない。
「だったらその人に近いイメージの人がいいんじゃないのかな……オレは……違うと思う……イメージで演るものじゃないけど、でも……あの役はオレじゃないと思う……」
「……そうか……」
「……樹さん……オレに同情してくれて……役回そうって思ったの?オレの演技を見てオレを推薦してくれたんじゃないよね?オレの演技ならイメージじゃなくても演れるって思って指名したとかじゃ……ないもんね……」
樹は何も言わないが、それは肯定だろう。自分を選らんだのはただ単に知り合いだから。あと、少しの同情から。
優志はきっぱりと断りを口にした。
「オレは……樹さんに仕事貰わなくても……俳優やっていける……」
「優志……」
そんな事を言いたかった訳じゃないけど、なけなしのプライドが許してくれない。同情なんてして欲しくないんだ。
惨めになるだけだから。
「ごめんな……お前を傷付ける事言った……無神経だったな……ごめんな」
「樹さん……樹さんは悪くないよ……オレが……」
謝らないで欲しかった。余計に惨めになる。
でも嬉しくない訳じゃない。ただ、認めて選んで欲しかったのだ。そうじゃない自分に憤っているだけで、情けない自分が嫌で。
申し訳なさそうにしている樹に対し上手く言えない自分がもどかしい。
「……いつか……いつか……オレじゃないとダメなんだって言って貰えるような俳優になるから……だから……」
「そうだな……それまでお前にオファーを出すのは待つよ」
「……ありがとう……」
「コーヒー冷めちゃったな……淹れ直してくるわ」
樹は優志の分のカップを手にキッチンへと消えた。気まずさを誤魔化す為もあったのかもしれない。
断った自分に樹は待つと言ってくれた。また、目標が出来た。嬉しい目標だ。
いつか樹の作り出した物を自分が演じられたらいい。
その時は少しは樹に追いついているのだろうか、ちっぽけな自分は樹の隣に立っても遜色ない人間になれているのだろうか。
夢が夢で終わらなければいい。優志はそう願った。
「優志は今が不安か……?」
「……うん……」
「お前が時々羨ましいって思う時があるよ」
「え?」
隣に座る樹の顔をまじまじと見つめると、樹はくすぐったそうな顔で笑った。
新しく淹れ直してくれたコーヒーは半分程消費した、その間お互い距離を計るように、様子を探るように黙ったままでいた。
急に振られた問いの意味が分からず優志は戸惑いながら、樹の話を聞いた。
「……お前には夢とか希望とかそういうのがあるんだなって……それが羨ましいっていうか…眩しいっていうか……」
「樹さんは夢とかないの……?」
「んー……ないなぁ……」
考えるように、顎を指で撫でながら樹は答えた。
「作家にはなりたかったけど……なれなかったら多分普通にサラリーマンになってただろうなぁって思う……どうしてもこれじゃなきゃ、っていうのでもなかったしな……作家になって今は好きなものが書けるようになって生活は安定してきたし、仕事だって楽しいんだけど……」
言葉を切って、樹は優志を見つめた。真面目な顔、そういえばこういった話をするのは初めてではないだろうか。
優志は言葉を挟まずに樹の言葉に耳を傾けた。
「夢とかは……だから、ないな……不安がないのは良い事かもしれない、充足感はあるけど……多分、それだけなんだ……お前はまだまだ満足してない、まぁまだ結果を出してないしな……不安だけど前を向いて走ってる、オレは走るのを止めたというよりはもう走る道がないんだと思う……満足してそこから先を見ていないんだろうな……」
ふわりと笑った樹はどこか寂しそうだった。
「だから、時々お前が羨ましく思える……お前からしてみたらオレの方が恵まれているって思うかもしれないけどな……そうでもない、お前みたいに我武者羅になって夢を目指したいって……夢とかないけどさ、そういうのが羨ましいって思う……」
「樹さん……」
「不安でもお前は逃げないだろう……?手探りでも、それでも進もうとしているだろ?だから……オレもお前を応援したくなる、お前を……お前が言う夢を実現させた所を見てみたいって思うよ……」
「……樹さん……ありがとう……ごめんね……オレ……」
「謝る事はない、オレの方だ、謝るのは……オレが手を貸さなくたってちゃんとお前は夢を実現出来るよ……頑張れ」
力強く言ってくれた樹の言葉に、優志の心に熱が広がる。
「うん……ありがとう……」
「現状に満足してない奴は強いよ、だからお前は大丈夫だ」
「……樹さん……ありがとう……」
今はまだ隣に並ぶ事も出来ない程だけど、きっといつか樹に誇りに思って貰える人間になる。
不安が消える事はきっとまだまだ先の事だろう、いや、そんな日が来るのかも分からないけれど。でも諦める事だけはしない。弱気になって投げ出したく、逃げ出したくなっていたけれど、今は違う。
大丈夫、そう言ってくれた樹の言葉を信じたい。
自分の可能性を信じたい。
「頑張る……オレ……」
真っ直ぐに前を向いた優志を樹は眩しそうに見つめていた。
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