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第32話

雑誌で見る優志と目の前で見る優志の違いにはいつも驚かされる。  整った顔には笑顔すら冷たく見えるクールな印象があるのに、実際の優志といえば見た目と正反対な性格をしている。  冷たくクールに見えるのは単に人見知りで大人しいからだし、無口で生真面目な為か余程親しくならないと笑顔が出ないのも結局人見知りのせいだ。  いつも笑っていればいいのに雑誌などで見る優志は無表情か、笑う時も歯を見せて笑うような笑みはない。  そうすればもう少し親しみやすい印象になるだろう、柔らかく笑う事が出来るのに。  だがそれでいいと思う。  雑誌の中の優志と目の前の優志は違う、それを知っている人間が多くない方がいい、そんな風にも思う。  震えるその体を初めて抱いたのはもう一年も前の事。  一年経っても時折恥ずかしそうにキスを受ける優志、そのくせ娼婦のように媚びた嬌声で甘く啼く優志、その体が熱に染まるところを知っているのは自分だけでいい。  可愛いと、そう思う。だけどそれだけだ。  それだけだと言い聞かせている事に、樹は気付かない振りをしていた。 「……いつきさん、オレもぅのめない……」  舌足らずに言いながらも、手の中のグラスに残った焼酎を優志は飲み干した。  とろんとした眼、上気しているのは顔だけでなく首筋や手までが赤く染まっている。  日本酒を開けた後、それだけでは足りないだろうと言ってビールと焼酎の水割りも優志に振舞った。  強くはないが飲むのは好きらしく優志は困った顔をしながらも、美味そうに杯を重ねた。 「……樹、さん……」  しな垂れるように樹の肩に頭を乗せる優志。普段なら絶対に見せない媚びたような態度は酔っている証拠だ。 「ビール、もう一本開けるか?」 「……ん、もぅいい……樹さん……」 「ん?」  優志は自分の腕を樹の腕に絡ませ、猫のように頭を樹に摺り寄せた。目を細め嬉しそうに笑む仕草は、ゴロゴロと喉を鳴らしそうな程だ。 「……ね……」 「なんだ?」  真っ直ぐに樹を見る瞳は熱っぽい。酒に酔い、赤く染まった頬や目元は艶めき、普段のクールな印象は消えていた。  こんな風に見つめられたら勘違いしてしまうのは何も女だけじゃないだろう、樹はそう思った。 「……キス、してもいい……?」 「……キスしたい?」 「ん、したい……樹さんと……キス、したいよ……」  言うなり優志は体を伸ばしキスを強請った。  樹は応えるように優志の背中を抱くと、唇を重ねた。 「いつき、さん……」  酒を帯び潤んだ瞳が真っ直ぐに樹を捉えている。欲望を期待に変え、じっと優志は樹を見つめた。 「優志……」  ねっとりと舌を絡め、深く、長くキスを交わす。  キスの間も薄っすらと優志は目を開いている。挑発的な視線を送ると、直ぐに伏せられるがまた再びそれは開き樹を見つめる。  キスだけでは満足出来なくなったのだろう、優志は体を摺り寄せるように樹に抱きついてきた。 「樹さん……」  熱を持った手が服の上から樹の身体を弄る。覚束ない指はシャツのボタンを外そうとしているようだが、キスで体の力が抜けてしまったのか苦戦している。 「脱がす……」  やっと一つ目が外れると、時間を掛けてシャツのボタンを全て外す。そして肌蹴たシャツの内側に優志は手を伸ばした。 「……優志」  いつも自分がするように体の表面を撫で、胸の突起を愛撫しようとしているようだ。だが、触るのはよくても触られるのはこそばゆいだけだ。 「どうした?オレを抱きたいのか?」  揶揄うように言えば、吃驚したように顔を上げ樹を見つめた。丸くなった瞳につい笑みが洩れる。 「優志……したいのか?」 「……ん、したい……」 「したいんじゃなくて、して欲しい、だろう?」 「……ん、して、ほし……」  恥ずかしそうに俯く優志。キスを強請り、シャツを脱がしたくせに、そうは思ってもそのアンバランスなところが樹の気に入っているところだ。 「……ベッド、行こうか」  殊更優しく言えば優志は嬉しそうに頷いた。 ***  服を脱がし桜色に染まった肌にに唇を寄せる。いつも見える所には痕は付けない、それは優志の仕事を思っての事だ。  触られる前から変化をしていた優志の中心は、胸を弄られだすと気持ち良さそうに震え蜜を垂らし始めた。 「はぁ……んぁ……いつき、さん……」  下半身同様固くなった乳首をきつく吸い上げ、反対の乳首も指の腹で捏ねる。  しっとりと汗ばんできた肌の上を辿り、天を向いて泣き出している優志にもキスをする。 「んん……あ、あぁ……」  口に含み先端を舌先で突付けば、感じいったような嬌声が耳に届く。それがもっと聞きたくて樹は丹念に口淫を施した。  自分が男を抱けるとは思ってもみなかった。  どんなに小さくても、可愛いと言われても男の体をしている者に欲情する筈がない。  柔らかい曲線で出来た愛らしい女性以外興味ないと思っていた。いや、今だって他の男に興味があるかと言われればそれはNOだ。  だけどどうだろう、優志を前にすると忘れていた性欲が沸々と体の中に湧き上がってくる。  その体を蹂躙し、支配したいと思うのは、どうしてだろう。 「優志……」  限界付近まで高め、樹は優志から口を離した。  涙の滲んだ瞳の中は欲情が燻っているようだ、いきたい、瞳は雄弁に語る。 「いつきさん……」 「……酔うと誰の前でもこうなるのか……?」  優志の瞳が不安そうに揺れる。きゅっと唇を噛み締めふるふると首を振る、表情は悔しそうにも見える。 「本当に?」 「……うん、飲まない、よ……オレ、もう酒のまない……」 「……それがいいな……誰にでもこんなじゃあな……」 「誰にでもじゃ……ない……樹さん、だからだよ……」 「……本当に?」  口の端だけで笑う、自嘲かもしれない。そんな言葉、どうして信じられよう。  快楽に流されるのはまだ若いが故だろう。  自分の前でなくても、きっと。 「樹さんだから……」  だけど潤んだ瞳を真っ直ぐに向けられれば、酒に溺れようと直向きなその心までは曇らない、そう信じてしまいそうで。  信じたいだけだろうか。 「樹さん……樹さんがすき、だから……」  誰にでも言うんじゃないのか?  口に出そうとした言葉は飲み込み、代わりにもう何も聞かなくていいように優志の唇を塞いだ。  誰にでも媚、足を開くんじゃないのか?  自分以外の誰かと。  自分以外の誰かに、すきだと告げるんじゃないのか? 「……優志」  枕元に用意していたローションを手の平に垂らし、慎ましく閉じている後孔に慣らすように塗り付ける。  誰が優志を抱こうが関係ない筈だ。  何も感じなかった筈だ、なのに、どうしてだろう。  苦い感情は意識すればする程心を占拠して離れない。 「いつきさん……して、樹さん……すき……」  自分が言っている言葉の意味も分かっていないのだ、今の優志は。だからそれを真に受ける事はしない。  ただ、聞き流す。  それだけだ。 「いつきさん……」  狭く固かったそこも徐々に樹の指の形に慣れ、解されていく。3本差し入れていた指を抜くと、そこは名残惜しそうに樹の指に吸い付いてきた。  快楽に弱い体をしていると思う、酒を飲み、組み敷かれ嬌態を晒す。  だけどその姿を欲している自分が居る事を否定出来なかった。 「優志……」  酒に溺れた瞳に移っているのは自分だけど、優志はちゃんと見えているのだろうか。  誰に抱かれているのか分かっているのだろうか。 「すき、樹さん……」  繰り返される告白は決して素面では聞けないもので。  だから信じたりはしない。 「……可愛いよ、優志……」  ただ、聞き流す。  だけど、その言葉が聞きたい。  熱を帯びた視線を、劣情に染まった体を、その中にある蕩けそうな程の甘く柔らかい熱が欲しい。  ベッドの中の睦言をいちいち真に受けたりしない、だけど聞きたいと思うのは構わないだろう。  可愛いと思う、それ以上の感情はないから。  感情を押し付ける事も、奪う事もない。ただ、今だけ。  理性を飛ばし、自分を好きだと言う今だけが欲しい。  優志の秘所に自身を宛がい、物欲しげにひくつくそこを押し広げるようにして入っていく。  挿入時の痛みに耐えるように眉を顰める優志だが、樹が全て収まると止めていた息を吐き出し広い背中に手を伸ばしてきた。 「樹さん……」  相手が男だとしても酒を飲ませ、性行為を働くなんて犯罪じゃないか。頭の中の冷静な自分がそう叫ぶ。  だけど、それが分かっていながらも樹は優志に酒を飲ませその体を組み敷いた。  抱いてその熱を共有しても、その先には何もないという事が分かっているのに。 「すき……」  呪詛のように、その言葉は樹の心と体を苛む。  だけど、そこから逃れる事が出来ないように優志の体を繰り返し抱く。 「……かわいいよ……優志」  言われる度に照れくさそうに、でも嬉しそうに笑う優志。ただ、それを見たい。  苦い思いを吐き出せないままに樹は優志を抱く。  いつか終止符が打たれるその日まで、それは変わらないだろう。  だけど終わりを告げるのは自分ではないだろう。  それは確信に近い。  だからその日が来るまでは、この熱を放さなくてもいいだろうか。

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