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第38話
「情けねぇ事言ってんじゃねぇぞ、アイツがお前を認めたんだ、だから脚本を書くのはお前だ、そうだろう、高宮」
「……四条」
「部長のアイツが居ない今、部を纏められるのはお前しかいないだろ」
「……あぁ、そうだな……」
「らしくないぜ、お前が弱音を吐くなんて」
「……お前もらしくないぜ……お前がそんな事言うなんてな……」
「これでもオレは演劇部を認めてんだよ、じゃあな、高宮」
「あぁ……オレももう行かないとな……」
「……お前ら何をやっているんだ??」
がちゃりとリビングのドアが開き廊下から樹が顔を覗かせた。その顔には不可思議なものを見るような表情が浮かんでいる。
「台本……じゃあないよな?」
「うん、アクターズ最新刊」
「は?」
ソファーに座っていた美月が答える。ソファーの横で立っている優志もこくりと頷いた、だがこちらは幾分恥ずかしそうだ。
そして二人の手には同じコミックスが握られていた、それは今美月が言ったように「アクターズ」の最新刊だった。
事の起こりはこうだ。
一時間前。
ピンポーン。
「はーい、あ、優志君久しぶり!」
「あ、こんにちは……」
ここに居ても驚きはしないが、玄関を開けてくれるのが人気アイドル『ダーツ』のセンターというのは恐縮以外の何物でもない。若干申し訳なく思いながら、優志は部屋の中へ入った。
今日の美月は艶のある黒髪を無造作に後ろで一つに縛り、すっぴんでもシミ一つなく透き通るような白い肌はテレビで見るよりも健康的で溌剌としていた。
そして、Tシャツにジーパンというラフな格好だが、アイドルオーラは隠しようもなかった。可愛い、のだがそのオーラというか、笑顔の圧にちょっと気圧されてしまい何度も会っているにも関わらず少しだけ苦手な存在だった。
「どうぞー、お兄ちゃんならあと少しで仕事終わるって言ってたから、こっちで待ってて」
「はい……おじゃまします……」
「そうだ、この間の日曜の見たよ!!」
「あ、ありがとう……」
「今度出るときは私にも教えてね!」
「……う、うん……」
今度はないと思うが、美月が向けるキラキラとした瞳を見ると何も言えなくなる。
特に約束してなかった午後、優志はふらりと樹の部屋を訪ねた。
ドアを開けてくれたのは樹の実妹の美月だった。
美月が一つ年上なだけなのだが、芸能人としてのランクは雲泥の差なのでつい緊張してしまう。
「コーヒーでいいかなぁ?」
「はい、あ、ありがとうございます」
リビングに通されると優志はソファーの隅に座った。テーブルの上には何冊かの雑誌とコミックが置いてあった。
何の雑誌だろうかと表紙を見れば、それは特撮や舞台俳優の雑誌と優志の好きな漫画「アクターズ」の最新刊だった。
「……樹さんの……?」
ここに置いてあるという事は樹の物という事になる。意外だが興味を持っているという事なのだろうか?それとも、美月の物だろうか?
そう思い雑誌を手に取りペラペラと捲っていると、過去アクターズに出ていた俳優の記事が載っていた。インタビューを目で追っているとマグカップの乗ったトレーを持った美月がリビングに現れた。
「ごめんね、散らかしてて……はい、どうぞ」
「あ、すみません、いただきます……あの、これって…美月ちゃんの?」
「うん、そう、ここへ来る途中で買ってきたの!そうだ、優志君もアクターズ好きなんだってね」
「うん!」
そうか、樹のではないのか、そしてこれは美月の物か。アクターズは少年誌で連載されている漫画ではあるが、若手俳優が多数出演している。そして舞台の観客のほとんどは若い女性だ。美月がそのファンだとしても不思議はない。
「コミックス買った?」
「うん、オレもさっき買ってきたよ」
今日は最新刊の発売日、朝から楽しみにしていた優志は、出掛けに本屋へ寄り購入してからここへ来たのだ。
「私、雑誌の方で読めないからコミックス出るの超待ち遠しくてさぁ……特に今回の巻てダンス部の話でしょ?前回いいところで終わってたからさ……ホント早く読みたかったんだよね!!」
「ダンス部好き?」
「うん、好きだなー……もちろん演劇部が一番好きだけど、でもダンス部は部長の四条がカッコイイんだよねぇ……」
うっとりとしたような表情で美月が言う。余程好きなのだろうと思う。優志も同じようにアクターズのファンなので、つい熱が籠もってしまう。
「オレもダンス部の話好き、前の学園祭の話とかすごく好き」
「私もあの話が一番好き!次のアクターズの舞台って学園祭の話でしょ?もう今から楽しみでしょうがないよ!!」
「舞台楽しみだよね、オレもすっごく楽しみ……っていうか、オレもあれに出たいなぁって……」
「あー何か分かる、出たいって気持ち……私もあの舞台見てるとあっち側へ行きたくなるもの」
美月の言う「あっち側」へ自分も行きたい、共感を覚え優志は何度も首を縦に振った。
「うん、うん、分かる!オレもあっち側へ行きたい……」
「優志君誰役やりたいの?」
「えっ?!」
「やっぱりやりたい役とかあるんでしょ?ちなみに私だったら高宮だな!」
「副部長かぁ……あー……オレは…うーん…」
高宮というのは演劇部の副部長だ。部長をサポートする補佐役、舞台以外では表情を崩さないクールな男で、よく何を考えているか分からないと言われている。だが、舞台の事となると人一倍熱くなる、優志もそんな高宮がすきだったが、やりたいと言うと違うと思った。
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