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第39話

 アクターズの登場人物をあれこれ思い描く。自分がやりたい役……。  舞台を見てあの場所へ立ちたい、そう強く思った。その役はやはり主人公だった。主人公だから、ではなく漫画の中でも彼が一番好きだからだ。  だけどもう既に漫画に忠実に演技をしている俳優を見てしまうと、自分がやりたいと言うのが気遅れしてしまう。  だが、躊躇いながらも優志は自分の思いを口にした。 「オレは……やっぱり……光也がやりたい…光也役は変わらないだろうけど……でも、オレ光也が好きなんだ……だからやりたいな」 「そっか、光也かー……優志君なら四条とかいいと思うけどな」  光也と言ったのが意外だったのか、あまり納得していないような表情の美月。更に優志を驚かせるような一言を加えた。 「え?!無理だよ……!!」 「どうして?合ってると思うよ~、優志君カッコイイし」 「いや……そんな事はないけど、でも……四条かぁ……」  四条というのはダンス部部長で、ダンスコンテストなどで幾つも賞を取りプロのダンサーに混じり舞台に立った経験もある高校3年生だ。  容姿端麗、頭脳明晰、だけど性格は少々悪い。クールで腹黒ってイメージなんだけど……それでオレかぁ……。  だが確かにカッコイイ、かもしれない……嫌いではないのだ、四条の事も。部員を下手クソと罵りながらも、部のピンチの時には誰より部員達の事を心配し、熱い気持ちをぶつけてくる彼の事を。 「私あの屋上のシーン大好きなんだよね……高宮と四条の絡み」 「あー!オレもあそこ好き」 「いつもはいがみ合ってるくせに、ちゃんとお互い認め合っててさ……演劇部の危機に励ましたりしてさ……いいよね、あの話」  優志は手に持っていた紙袋の中からコミックスを取り出し、ぱらぱらと捲り始めた。  美月も同じように自分の分のコミックスを手に、目的のページを探す。 「情けねぇ事言ってんじゃねぇぞ、アイツがお前を認めたんだ、だから脚本を書くのはお前だ、そうだろう、高宮」  徐に美月が台詞を読み出した。少しだけ声を低くして、感情を込めたその台詞は優志も好きな場面だった。 「ここ好き、屋上で夕日がバックなんて、なんか青春て感じだよね、この臭さがいいなぁ」 「うん、オレも好き、何だかんだいって四条って優しいところがあるよね、弱いヤツを放っておけないっていうかさ……」 「うんうん、だよねー……はぁ、そう四条との絡みもいいんだよねぇ……」  しみじみと言った美月の頭の中では妄想が拡がっていたが、一緒にいる優志には全く分からない。  屋上のシーンを初めから捲り、優志も美月のように台詞を口に出して読んだ。 「こんな所に居たのか、高宮、須藤が探してたぜ、行かなくていいのか?」  さっき美月が読んだように、感情を乗せて。声も意識して低くしてみた。  美月はコミックスから顔を上げて優志を見つめ、にやりと笑い、高宮の台詞を読み出した。 「……四条か、わざわざオレを探しに来たのか?随分と暇なんだな」 「ここはオレの特等席なんだよ、お前が勝手に入り込んできたんだ」 「そりゃ悪かったな……」 「聞いたぜ、須藤が脚本が出来ないがどうしたらいいか、なんてオレに言ってくるんだぜ……お前が書けばいいだけの話だろうが、何を躊躇っている?」 「……お前には関係ないだろ」  読みながら優志は楽しくなってきた。いつもの演技とは違う、ただのお遊びだがそれでも好きな事をやっているという意欲は演技中よりも強いかもしれない。  自分が好きな作品だからだろうか、台詞を言いながら優志は四条になったような気分に浸っていた。  漫画では高宮は屋上の床に座っているが、四条はフェンスに手を掛けて立っているシーンだ。優志はそれを再現するように立ち上がって、ソファーに座る美月を見下ろした。 「情けねぇ事言ってんじゃねぇぞ、アイツがお前を認めたんだ、だから脚本を書くのはお前だ、そうだろう、高宮」 「……四条」 「部長のあいつが居ない今、部を纏められるのはお前しかいないだろ」 「……あぁ、そうだな……」 「らしくないぜ、お前が弱音を吐くなんて」 「……お前もらしくないぜ……お前がそんな事言うなんてな……」 「これでもオレは演劇部を認めてんだよ、じゃあな、高宮」 「あぁ……オレももう行かないとな……」 「…お前ら何をやっているんだ??」  がちゃりとリビングのドアが開き廊下から樹が顔を覗かせた。その顔には不可思議なものを見るような表情が浮かんでいる。 「台本……じゃあないよな?」 「うん、アクターズ最新刊」 「は?」  怪訝そうな樹に美月が楽しそうに説明した。今日はコミックスの最新刊の発売で、好きなシーンを語っている内に読み合いになったのだと。  それを聞いても樹は納得がいなかいのか、二人の顔を交互に見つめ眉間に皺を寄せた。 「……まぁ、いいけどな……それより美月、時間は大丈夫なのか?」 「え、あっ、そうだった、もう支度しなきゃ、迎えが来ちゃう」 「……遅刻しないようにな」 「うん」  慌しく立ち上がると、美月は支度をするためにリビングから出て行った。  何となく樹の機嫌が悪い、もしかして美月と仲良くしていたのが気に障ったのだろうか……?シスコンの樹の事だ、きっとそうに違いない。  さっきまでの楽しい気分が忽ち萎んでしまい、優志は表情を暗くした。 「あ、あの、樹さん、仕事……終わったの?オレ、帰ろうか?」 「……帰るって……お前は何しに来たんだ?」  樹の眉間の皺が益々深くなる。  何しにと言われても困るのだ、ただ樹に会いに来た、そう言えたらいいのだがきっと樹は鬱陶しいと思うだろう。そう思うと本当の事も言えない。 「……まだ、居てもいい……?」 「あぁ……構わない……」 「あ、オレ、コーヒー淹れてくるね」  テーブルの上にあったマグカップをトレーに乗せると、樹の返事も待たずに優志はキッチンへと逃げた。  その後姿を見て樹が困惑気味な顔で溜息を吐き出していたのを、優志が知る事はなかった。

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