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第37話

 いつもと違う体位に固くなっているのか、慣らせばすんなりと受け入れるそこは反抗するように樹を押し戻す。だが、無理に捻じ込もうとはせず、ゆっくりと優志の腰を掴み誘導しながら慎重に先端を埋めていく。  膝と樹の胸に付いた両腕で体重を支える体勢で、優志は樹を受け入れていた。ゆっくりと入ってくる熱を意識しながら、優志は熱い吐息を吐き出した。 「はぁ……」  全てを飲み込むと、その先どうしたらいいのかという視線で見下ろした。その視線を受け、樹は愉しそうに口元を引き上げた。 「動いてみろよ、優志」  催促するように優志の腰を前後に揺らす。 「……んぁ、や、待って……樹さん……」 「ほら、待っててやるから、動いてみな」  待ってると言うくせに、樹は自らも腰を遣い始めた。下からの強引な抽送に優志は堪らず嬌声を上げる。 「や、ぁあ……んん……」 「どうした?さっきはオレを抱くとか言っておいてこんなもんか?」 「だって、樹さん……まって、って……」 「はいはい」  クスクスと笑うと、それでも今度は優志の言う通りに動きを止めた。  優志は短く息を吐き出すと、ゆるゆると腰を前後に動かし始めた。まだ加減が分からずに、様子を見るようなその動きに樹は先導するように腰に当てた手を動かした。 「こうだよ、優志」  優しい囁きとは裏腹にその手付きは強引だった。持ち上げるように強い力で腰を揺らされ、いつもと違う角度に当たり優志の体が跳ねた。 「ぁあ!や、いつ……樹さん…!」 「ほら、さっきやったみたいに動いてみろよ」  手本は見せたとばかりに樹は腰から手を放し、優志を見上げた。灼かれそうな程の熱い視線から逃れる事など出来ず、小さく頷くように顎を引くと両膝に力を込めた。 「……はぁ……ぅ、ん……」  目を閉じて、樹がしたように腰を上下に動かす。目を閉じていても視線は感じる、痛い程だ。  ゆるゆると動かしていた腰に突然下から衝撃が走る、樹も動きを再開したのだ。動いてみてくれ、などと言っておきながら勝手だ。だがそんな事を言う余裕は、優志には残されていなかった。 「ふぁ、あ、んん……ぁ、いつきさん……!」  感じ入ったような声で啼きながら、優志は必死に樹の動きに付いて行こうと腰を振った。閉じた瞼を開くと、視界はぼんやりと歪んでいた。下を向き焦点を合わせるように一つ瞬きをする。 「優志……」 「……は、ん……樹さん……あ!」  片手で腰を支えながらもう片方の樹の手が、放置してあった優志のペニスに伸びる。先走りで濡れたそれを扱かれ押さえきれない快楽の波が全身を襲う。 「ぁあ、や、だめぇ……!いつきさん……あ、んん……!!」 「……はぁ、いいよ、優志……すごくいい……」  興奮に掠れた声に耳まで犯されているようだ。鈴口に指先を捻じ込ますように捏ねられ、優志は悲鳴のような嬌声を上げた。  搾り取るように粘膜が動き、樹を締め上げる。急速に込み上げてきた射精感のままに樹は突き上げるスピードを速めた。 「いつ、きさん……!いつきさん……!」  ただ名前を呼ぶしか出来ない、好きだと叫び出したい衝動を堪えながら、愛しい人の前を呼びながら欲望を解放した。 「あぁぁぁ……!!」 「……くっ……!」  数秒遅れて樹も優志の中で果てる、膜越しに飛沫の熱を感じながら疲れた体を樹の胸に倒した。 *** 「じゃあ、頑張れよ、優志」 「うん……ありがとう、樹さん……それじゃあ、また…」  玄関まで見送りに出てくれた樹は柔らかい笑顔を優志に向けた。そんな笑顔を見たら帰りたくなくなってしまう、だけど今日は夕方からバイトがあるので帰らなくてはならない。  朝早く起きたがその後セックスをして、結局昼過ぎまで二人は二度寝してしまった。それから遅い朝食兼昼食を取り、だらだらしているうちに陽は傾き始めていた。  「あの……樹さん……」 「なんだ?」 「……今、忙しいの……?」 「いや、特に忙しい訳ではない……まぁ、月末になると多少忙しいかもしれないが……」 「ん、分かった……また……その、連絡するね……」 「あぁ、仕事頑張れよ」 「うん……!ありがとう!」  やはりキスもハグもないけれど、それでも「頑張れ」という言葉がそれ以上に嬉しい。樹が見ていてくれるのなら、自分はまだまだやっていける、そう思える。  玄関を締め、優志は足取りも軽く自宅へ帰る為に歩き出した。  5月の日差しは少しずつ夏の気配を含み街へと降り注ぐ。やがて夏が来て、秋へと変わり、一年の終わりの冬へと移行していく。  この一年で自分は何が出来るだろう。  絶対に去年の自分とは比べ物にならない、そんな飛躍が出来る年になるのではないだろうか。  勿論それは努力あるのみだ。だけど、期待してしまう、きっと何かが変わるのではないかと。 「それでもオレは「恋」というものがしてみたかった」  ぽつりと呟いてみる、それは怪人役の時の最期の台詞。  あの台詞を吐いた一瞬だけ、怪人はただの男になっていた。恋を知り、己の戦う運命を呪い、そして破滅。  欺いていたのは恋をした彼女ではない、自分の心だったのだ。  台本を読んでそれが分かった、だけど、それを観ている人にちゃんと伝えられただろうか。  報われなくても、それでも愛しいと想う事。  だけど、自分には樹にこの想いを告げる勇気はない。いつか、言える日が来るのだろうか。  それは「破滅」しか生み出さないんじゃないだろうか。  だから、怖くて何も言えない。  だからせめて、離れる日が来るまではこの関係が少しでも長く続きますようにと、それだけを優志は願った。

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