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第41話

 重たい体を引き摺り部屋に帰り着くと、そのままベッドに沈み込むようにして眠った。  翌朝、睡眠を取っても昨日の疲れは軽減されるどころか、昨日よりも体が鉛で出来ているんじゃないかと思う程に鈍く重かった。  あらぬ所も痛みはしたが、これしきの事でレッスンをさぼる訳にはいかない。  熱いシャワーで意識を正した後、食欲はなかったが、バナナを水で流し込みダンスレッスンを受けているスタジオに向かった。  レッスンが始まり30分もしない内に、優志は講師から帰るように言われた。   気力だけで動いているような優志がまともに動ける筈も無く、大丈夫だと言っても講師は耳を貸そうとしなかった。 「優志に今出来るのは寝る事と栄養のあるものを食べる事、いいね、帰ってからダンスの練習なんてしないで今日はゆっくり休みなさい」  いつも厳しい講師はそう言って優志を優しく諭した。  ここで自分が意地を張っても倒れるのがオチだ。そうすれば講師にも同じレッスンを受けている他の人達にも迷惑が掛かる。  それにもう体力も限界なのだ。本当はベッドから出たくなかった程に、体は休息を欲している。  言われた通りに部屋に帰り、夕方からのバイトも病欠の旨を電話すると、着替えもせずに優志はベッドの中へ潜り込んだ。  どれ位眠っただろうか。  近い場所で何か物音が聞こえ、重たい瞼を上げた。  部屋の中は薄暗いが、完全な闇でないところを見ると今は夕方といったところか。  覚醒するにつれ、物音がキッチンの方から聞こえてくる事に気付いた。 「……?」  部屋に帰った時からここには自分以外誰もいなかった筈だ。まさか泥棒だろうか。  とりあえずキッチンの様子を見たい。ベッドから出ようと上体を起こした所で足音が寝室に近付いてきた。   逃げる間もなく寝室のドアが開き、優志は心臓が飛出るほどに驚いてしまった。だが、入ってきた人物はそんな優志には頓着せず、布団を被った優志を怪訝そうに見つめていた。 「……お前何してんの?」 「え……??」  聞き覚えのある声に布団を外すと、呆れ顔の幸介がドアの所に立っていた。 「起きたなら飯食うか?」  「……えっと……どうして幸介さんが…?」 「お前が具合悪そうだって岩根さんから聞いたんだ、様子見に行くって言ったから、オレ丁度帰るところだったからさ、寄ってみたって訳」 「……はぁ……」  岩根というのは優志の担当女性マネージャーだ。電話でレッスンを不調で途中帰宅する旨を伝えてあったので、それを幸介は聞いたのだろう。 「鍵は岩根さんから借りてきた、どうせお前碌なもん食ってないだろうと思ったらからさ、お粥と野菜スープ作った、食えよ」 「……はい……」 「起きれるか?」 「はい」 「じゃあ、用意しておくから起きて来いよ」  よく分からないが看病に来てくれたという事のようだ。  食欲は相変わらずなかったが、わざわざ看病に来て料理を作ってくれたのだ、食べなくては悪いだろう。  枕元のスマートフォンで時間を確認すると、18時を少し過ぎたところだ。昼前には帰ってきていたから5時間程寝ていたようだ。まだ寝ていたかったが、優志はベッドから出ると幸介の待つキッチンへと向かった。  1DKの部屋なので、寝室のドアを開けるとすぐにキッチンにいる幸介の姿が見えた。 「そこ座ってろよ」 「はい、すみません……」  布団を剥いで食卓代わりに使っている炬燵の天板の上の雑誌を片付け、クッションに腰を下ろした。  もう準備は出来たのか、待つ事もなく優志の前にはお粥と野菜スープが並べられた。 「ほら、食えるだけでいいから食えよ」 「はい……」  卵の入った粥は優しい味がした。キャベツとじゃがいも、にんじん、エリンギなどの野菜の入ったコンソメベースのスープも食欲のない胃にすんなりと受け入れられた。  黙々と食べていると、溜息が聞こえた。 「お前、寝るなら着替えてから寝ろよな……」 「え……?はぁ……」  レッスンから帰って来た時のままの服装で寝ていたので、着ていたシャツがよれよれになってしまっている。 「熱計った?」 「……いえ……でも、そんなにはないと思います」 「風邪か?」 「……はい、多分……」  多分風邪ではないが、優志は曖昧に答えた。原因は分かっているが、それを口に出せるとは思えないからだ。 「体調管理も仕事の内だぞ、気をつけろよ、優志」 「はい……すみません……ホント、迷惑かけてしまって……すみません」 「そんなに謝らなくてもいいよ、今度から気をつけろよ、岩根さんや社長も心配してたぞ」  孝介自信も心配そうに優志を優しく見つめている。申し訳無さから居たたまれなくなり、優志は視線を手元の茶碗に落としもそもそと答えた。 「はい……バイトも休まなきゃならないし……気をつけます」 「お前まだバイト続けてるのか?」 「はい」 「そろそろこっちの仕事一本でも食っていけるようになったんじゃないのか?」 「……まぁ……それなりには……」 「だったら、もうバイトは辞めて俳優業に専念しろよ、その方が集中出来ると思うぜ」 「はい……考えてみます」  忙しくなるとバイト先も休みがちになってしまう。辞めた方がいいだろうかと今まで考えなかった訳ではない。  だけど、俳優だけでこれからずっとやっていけるのかどうか、まだ不安だったので掛け持ち状態のままここまできてしまったのだ。  仕事がなくなってもバイトを続けていれば生活していける。そんな打算があった。だけど、覚悟を決めなければならない時期なのかもしれない。 「もう少し食べるか?」 「いえ、これで……」 「まだ作り起きしてあるから、また後で食えよ」 「はい、ありがとうございます」  食事を終え、買い置きしてあった解熱剤を飲みまた優志はベッドの中に入った。 「着替えこれでいいか?」  クローゼットの中から適当なスウェットを出してくれたので、優志は着替え始めた。 「汗かいたなら体拭こうか?」 「大丈夫です」  男同士でもあるし、気心の知れた幸介だったので優志は何も気にせずに着替えを始めた。 幸介も気にしてはいなかった、だがふと見た優志の背中に無数の鬱血の後を発見するとその表情が俄かに険しくなった。 

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