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第42話
「優志」
「……はい……?」
孝介の声がさっきまでと違い、固さを帯びる。どうしたのだろう、そんな風に思いながら幸介を見る。心配そうだった表情から一転、険しい顔で真剣に優志を見つめてくる。
「お前、その体調不良の原因はなんだ?」
「え…?」
「風邪じゃないな?」
「……風邪です……」
着替えを終えると幸介の視線から逃げるように、ベッドの中へ潜り込んだ。幸介は納得いかない表情で優志を見下ろしていたが、諦めたように溜息を大きく吐き出した。
「お前付き合っている奴いたっけ?」
「……いません」
もぞもぞと布団から顔だけ出して幸介を見ると、今度は心配そうな瞳が見下ろしている。迷惑をかけた上に心配までさせて自分が情けなかった。
「……いつも体調には気を遣っているお前が風邪なんて珍しいなって思ったんだ……相手、恋人じゃないならセフレか?それとも一夜だけの相手か?」
「……」
「……流されて体の関係持ったんじゃないのか?オレとの時みたいに」
苦笑で問いかけられ、一瞬言葉に詰まる。
「……そういう訳じゃありません……それに、別にオレ流されてた訳じゃないし……」
「遊びで付き合っているだけだったら、別れた方がいい、これから仕事が忙しくなっていくだろうしな、岩根さんにもそういう話されなかったか?」
「はぁ……女の子との付き合いは今は控えて、という話なら以前に……」
「いや、女の子限定じゃないからな」
「分かってますよ……」
「お前見た目と違ってあまり器用じゃないからな……遊びだと思っているのは相手だけで、お前はそいつに惚れてたりするんだよな……」
あまりにも図星過ぎて、優志は言い返す事が出来なかった。しかし、見た目と違ってというのはどういう事だろう。
「見た目通りだと器用なんですか?」
「適当に遊んでそうに見える」
「……遊んでませんからね……」
「分かってるよ、とにかく相手は野郎だろ?別れちまえよ、面倒になるようならオレも相談乗るし」
「……面倒にはならないです……付き合っている訳じゃないから……別れるとかないですし……」
樹を思い浮かべながら、途切れ途切れに答える。
「なら、もう会うな」
「……」
「今はよくても、今後それがスキャンダルに繋がる事だってあるんだぞ」
「……はい……」
「まぁゲイが悪いって言っているんじゃない、だけど、それを公言する必要もないしな……それを売りにする訳でもないんだし、今は自分の事だけ考えろ、恋愛なんてこれからだって出来るんだから」
まるでマネージャーの如き物言いだ。だが、それだけ自分を心配してくれているのだと思うと、幸介の言葉は鋭く胸に突き刺さる。
言い付けを守れそうにはないが、それでもこれ以上心配と迷惑を掛けてはいけない。優志は努めて明るく返事をした。
「はい」
「じゃあ、ゆっくり休めよ、体、大事にな、鍵はまた岩根さんに渡しておくから」
「はい、ありがとうございました」
幼い子供にするように優志の頭をポンポンと撫でると、優しい笑顔を残し幸介は部屋を出て行った。
一人になると優志は仰向けになり、天井をぼうっと見つめた。
幸介の言っている事は分かる、恋愛なんて今じゃなくても出来る。
遊びだと思っているのは相手だけ、幸介の言った通りだ。きっと樹にとってオレは都合のいい遊び相手なのだろう。
樹にとって大事なのは美月や可愛い女の子なのだ、自分など入り込む余地などない。
昨日それが嫌と言うほど分かった筈だ。
酷く冷めた瞳だった。当分来るな、というのはもう二度と来るな、と同義語だろうか……怖くて確かめられなかったが、きっと優志があの部屋を訪れなくなっても樹にとってはどうって事ないのだろう。
だけど、自分は……。
どんな抱かれ方をされたって、樹が好きだ。そして、今後二度と会えなくなっても、それでもこの想いが変わる事はないだろう。
「樹さんがすきだから……」
そう、それは変わらない。
来るなとは言われたけれど、想いを否定された訳じゃないんだ。
「好き……樹さんが、好き……」
会えなくなるのなら、一度位想いを伝えておけばよかった。どうせ恋人になる事などないのだ。だったらこんな風に会えなくなる前に、想いを伝えて玉砕した方が良かった。
嫌われるのなら、想いを伝えておけばよかった。
後悔しても遅い。時は戻らないのだ。
口に出した想いは言葉のように消えたりはせず、ずっと優志の胸の中で燻る。
もう会えなくなるのなら、この想いを伝えたい。
ずっと言ってはいけないと思っていた。でも、伝えても伝えなくても終わりが来るのなら、最後に好きだと伝えたい。
樹に不快な思いをさせてしまうかもしれないけれど。でも、直ぐに忘れてくれて構わないから。
自分との思い出ごと忘れてくれていいから、だから気持ちを伝えさせて欲しい。
「……好きです」
罵られても、軽蔑されても、それでもいいから。
最後に、好きと伝えて……それで、終わりにしよう。
あんなに胸が苦しいと、哀しいと思っていたのに気持ちを決めたらそれら負の感情はあっけなく霧散した。開き直っているだけかもしれない。
でも、最後だから……もう、自分を許してくれなくていいから。
なかった事にしてくれていいから、だから、伝えさせて下さい。
「樹さんが、好きです」
遠くない未来、それを伝えに、最後にあの部屋へ行きたい。
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