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第44話
アクターズのキャストオーディションから二週間経った。
二次審査が通り、歌唱を伴う三次審査を終え明日最終審査に向けて優志は眠れない夜を過ごしていた。
明日はプロデューサや演出家など製作サイドのお偉方が揃う最終審査、緊張するなという方が無理だ。
寝ないまま行くなんて絶対ダメだと分かっていても、ベッドに入ったものの一向に眠気がやってこない。
幾度目か分からない寝返りを打ち、盛大に溜息を吐き出す。
「はぁぁぁぁぁ……ダメだ……」
起き上がり、部屋の電気を付けるとベッドから出てキッチンへ向かった。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、ごくごくと飲み下す。
少しだけ気持ちの高ぶりが落ち着いたような気がする。
またベッドに戻り横になるが、一向に寝付けない。
時刻は1時、今から寝れば睡眠不足にならないのは分かっているのだが、どうやっても眠れそうにない。
「どうしよ……」
明日は体調を整えて臨まないといけないのに。どうしよう。
ダンスや歌の審査は終わっていて、明日は演技の審査になる。睡眠不足のままで行ったら満足なパフォーマンスが出来る筈が無い。
「どうしよぉ……」
情けないなぁ……こんな気弱では明日とてもじゃないが、残れる気がしない。
優志は部屋の中を見回し、小さな本棚に目を留めた。そこには樹の著書や、アクターズなど優志のお気に入りの本達が入っていた。
その棚に近付きアクターズの最新刊までの6冊を抜き取り、ベッドの上に広げる。
本でも読めば眠気が出てくるかも……。
優志は貪るようにアクターズを読み始めた。
「失礼します、スズシロ企画の江戸川優志です」
ドアを開けて部屋の中に入ると、会議テーブルが二本横に並べられ、それぞれのテーブルに三人の審査員が座っていた。
緊張で震えそうになる足を懸命に動かし、優志は用意された椅子に座った。手には先程手渡された審査用の台本が握られている、気を抜くと覚えた台詞が抜け落ちてしまいそうだ。
「よろしくお願い致します」
ぺこりとお辞儀をして椅子に座り、正面の審査員席を真っ直ぐに見つめる。入ってきた時は気付かなかったけれど、ドアに近い方の一番端に座る男性に見覚えがあった。
「あ……」
その人物を見て、思わず声を上げていた。樹と同じ位、30代前半といったその男は眼鏡を掛けた大人しそうな印象の男性だった。見覚えがあるのは当然だ、アクターズ原作者だからだ。週刊誌上で見た事があり覚えていたのだ。
「江戸川さんはアクターズのファンだそうですね、ありがとうございます」
「は、はい、アクターズ、大好きです……!」
まさかオーディションに原作者が来ているとは思わなかった優志は、急の事で舞い上がってしまった。
もう少しまともな返答が出来なかったのだろうかと、後になって思ったものだが、今の優志は原作者と話している嬉しさのあまりオーディションを受けているとい実感がどこかへいってしまった。
「どの話が一番好きなんですか?」
原作者の隣の男が質問をしてくる。
「はい、一番好きなのは学園祭の話です、主人公の光也が舞台で転んで部長にアドリブで助けられる所がとても好きです、それにダンス部の部長とのやり取りも好きです……!」
「ダンス部は好き?」
今度は原作者が質問をしてくる。優志はただのファンになって答えた。
「はい!四条はカッコイイと思います!あの屋上のシーンも好きです」
「屋上っていうと最新刊の演劇部の副部長とのやり取り?」
「はい」
「あ~嬉しいね、僕もあそこは好きで思い入れも強いシーンなんだよね」
本当に嬉しそうに原作者が話す。他の審査員は口を挟んで来ず、二人の会話を聞いていた。
「夕日をバックにしたあの見開きとかすっごく好きです、弱気になっている副部長を励ましているっていうか、あの四条すごくカッコイイと思います」
「そうですか、嬉しいですね、僕も台詞とか気に入ってるんですよ」
「僕も好きです、『情けねぇ事言ってんじゃねぇぞ、アイツがお前を認めたんだ、だから脚本を書くのはお前だろうが、そうだろう、高宮』この台詞とか好きです」
「よく覚えてますね」
「えっと、好きなので……」
まさか昨日読み返したから覚えているとは言えない。おかげで少し寝不足なのだ。
「続けて貰っていいかな?」
「え……??」
「もし、覚えていたらそのシーン続けて下さい」
中央に座るプロデューサーらしき男が言った。その隣には脚本家もいて何やら他の審査員と小声で話をしている。原作者や周りの者も賛同するように頷いていた。
何だかおかしな流れになってきたと漸く気付き始めた優志だったが、プロデューサーから続けてと言われてはやるしかない。
優志は立ち上がり、深呼吸をすると大好きな屋上のシーンを頭に思い描いた。台詞は直ぐに浮かぶ、最新刊なので何度も読み返した。まさか美月と読み合った台詞が役に立つとは思わなかった。
「情けねぇ事言ってんじゃねぇぞ、アイツがお前を認めたんだ、だから脚本を書くのはお前だろうが、そうだろう、高宮」
六人の眼が一斉に優志に向けられるのを意識しながら、優志は緊張の中台詞を続けた。
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