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第45話
ずり落ちてきた眼鏡を押し上げ、優志は今日何度目か分からない溜息を吐き出した。
ガタゴトと揺れる車両の中、俯きがちに手すりに掴まり昨日の事を思い返す。
昨日はアクターズの最終オーディションを受けた、結果はまだ分からないが優志には落選が分かっていた。
絶対落ちた……何してきたんだろ、オレ……。
審査員の中に原作者が居る事に舞い上がり、ただのファンのような振る舞いをしてしまった。
作品に対して思い入れがあるのは悪い事ではない、だが、アピールの仕方を間違えた。
プロデューサーに言われるままに屋上のシーンを読み上げた。何でこんな事になっているのかという疑問はあったが、何せプロデューサーの意向だ、やらない訳にはいかない。
だが、台詞を言い終わった優志に対してのコメントは「ありがとうございました、結果は後日お知らせします」だ。
演技審査用の台詞の書かれた台本があったにも関わらず、それすら言わせて貰えなかった。
それは演技審査をする必要がない、見るまでもないという事だろう。そう、あの時点で落選が決まったのだ。
何をやってきたんだろうと、何度も自問してみた、だが、あの時はあれが最良と思えたのだ。まさか、演技をさせて貰えないなんて思っていなかった。
オーディションが終わり、事務所へ報告へ行くと、顔を見ただけで分かったのかマネージャーの岩根に溜息を付かれた。
「すみませんでした……」
優志にはそれしか言えなかった。
マネージャーからは気持ちを切り替えろと言われたが、直ぐには立ち直れそうにない。
勿論仕事中は気落ちした素振りなど見せず、今日の昼ドラのロケもこなして来た。だけど、一人になるとどうしてもダメだった。
それに……。
夕べは珍しく樹から電話があったのだ。
「お疲れ様、オーディションどうだった?」
あれだけ頑張ると言っていたのに、頑張る事が出来なかった。申し訳なくて、情けなくて、何も言えない優志に樹はただ優しく「お疲れ様」と繰り返した。
そして今日、飯でも食いに行こうと誘ってくれたのだ。
少しだけ気持ちは浮上したが、それでも心の中に残るのは後悔。今日だって、樹に気を遣わせての結果だ。
本当に情けない。
電車が速度を緩め、駅のホームへゆっくりと進入していく。つり革を放し、出口に足を向ける乗客の波に乗って電車を降りた。
待ち合わせは18時、混雑している新宿駅の中を東口改札へ向かい進んで行く。
まだ時間には余裕はあるが、気持ちは逸る。会いたい気持ちと、今日に限っては会いたくない気持ちもある。
失敗に終わったオーディション、頑張れと言って貰えたのにその成果すら出せなかった。同情してくれているのだと思うと、やはり情けなさが込み上げてくる。でも、どこかで慰めて貰いたいと思っている自分がいる事にも気付いていた。やっぱり情けない。
会いたくない、だけど、それ以上に顔を見て話がしたい。そう思ってしまったので、今日の誘いも断らなかった。
改札前は他にも人待ち顔の人が沢山いて、居場所をどこに確保しようか迷う程だったが、ざっと見渡していると人混みの中でも一際目立つ容姿がそこにあった。
「樹さん……!」
長身なので樹は目立つ。足早に樹に駆け寄って行くと、向こうも優志が来るのが見えたのか片手を上げて笑顔を作った。
「ごめんさない、待たせてしまって……」
「ん?いや、オレが早く来過ぎただけだから気にするな、まだ待ち合わせの時間にはなってないだろ?」
「……うん……でも、待ったでしょ?」
「そんなに待ってないよ、優志いつも眼鏡掛けてたっけ?」
「うん……最近掛けるようになった……変かな?」
「いや、伊達?」
「うん」
「何かさ……」
じっと樹は優志の顔を見つめる、急に真剣な顔で見られるとドキドキしてしまう。
「いや、誰かに似てるなって思ったんだけど、気のせいかも……」
「え?似てる?」
予想外の言葉に優志が首を傾げる。
「うん、まぁいいや、しかしあれだな、やっぱ芸能人て感じだな、眼鏡って変装のつもりなんだろ?」
「……う、うん、いちおう……」
まだまだ知名度は低いが、眼鏡と帽子位被れと岩根から言われているのでそれに従がっているまでなのだが、樹は何故か関心している。
しかし、長身の二人連れという事で悪目立ちしているのは確かだ。眼鏡の意味がない。
さっきからちらちらと通行人から見られていて、居心地が悪い。樹は気付いていないようだが、それはそれでどうかと優志は思った。
「腹減ってるか?」
「うん……」
「じゃあ、行こうか」
優志を促すと、樹は地上への出口へ向かった。
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