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第50話
9月になると優志の慌しさは増した。アクターズ出演を切欠にメディアへの露出も増えたからだ。
情報解禁後、雑誌の取材なども増えた。モデル出身なので撮られる事に慣れてはいるが、インタビューとなると話は別だ。緊張して何を喋っていいのか分からなくなる事も多かった。
アクターズ以外の仕事も少しずつ増え、その合間に元からやっているダンスや歌のレッスンにも励んだ。
アクターズの稽古が始まる前に顔合わせ、衣装合わせ、パンフレット撮影などが入り優志も本番が着実に近付いている事をひしひしと実感していた。
そして10月に入り、とうとう稽古初日がやってきた。都内にある某スタジオで稽古初日の本読みが行われる。
優志は遅刻しないようにとかなり余裕を持ってスタジオに向かったおかげで、現場には一番に入った。
稽古場で待っているとアクターズキャスト達が次々と到着し、室内は段々と熱気に包まれてくる。
キャストは前回と総入れ替え、という訳ではなく何人かは初回からずっと同じ役をやっている役者達もいる。そういった者達は独特の連帯感みたいなものを感じる。
他にも事務所が同じだったり、以前仕事が被ったりとで知り合い達が多い者もいるようで、あちらこちらで数人のグループが出来上がっていた。
優志はその中で一人ぽつんと隅の椅子に腰掛けていた。今日が初めての顔合わせではないが、人見知りの優志はどこかのグループに入っていく勇気など持ち合わせていない、というか既に緊張してきてしまっているのでそんな余裕なかった。
優志は貰った台本でも読んで気を紛らわそうと、それをぺらぺらと捲っていると入り口付近が俄かに騒がしくなった。
「太一!」
「おー、久しぶりー!」
「お、少しは背が伸びたか?」
「うるさいわ!伸びねーよ、アホ!」
見れば主人公役の光石太一 が到着した所だった。
確か歳は23歳、平均身長よりも僅かに低い170センチに満たない小柄で細身な体付き、更にまだ幼さの残る顔付きは高校生役が十分に通じる青年だ。
入り口で幾つか遣り取りをして中に入ってくる。優志はちらりと視線を台本から上げて、太一を見た。大好きな光也役の光石太一、自分の憧れであるその役者を間近で見ている事に内心ドキドキしながら。
また入り口で幾つか声が掛かる。誰かがまた来たようだ、そろそろ集合時間になろうとしているので、稽古場は人でいっぱいになろうとしている。
また台本に視線を落とすと、正面に影が落ちた。目を上げてみると、長身の男が立っていた。
確か演劇部部長役の香田永治 、この部長役は優志同様今回新キャストだ。永治は軽く会釈をすると優志の隣に腰を下ろした。顔合わせの時に見かけたが、至近距離で対面するのは初めてだ。
端正な顔立ちと、キャスト陣の中でも一際高い身長は威圧感有りまくりだ。腕組みをして腰を下ろしているだけだが、まるで睨みつけているような目付きで周りを見ている。
人見知りの優志はもうそれだけで、怖い人だと思ってしまった。
「……うるせぇな……」
低音がぽつりと聞こえた。優志はその声音の冷たさに恐る恐る隣に顔を向ける。
「そう、思わねぇか?」
「……」
どうやら同意を求められているらしい。優志は無視する事も出来ず、かと言ってそうですね、なんて普通に会話する事も出来ずに曖昧に頷いた。
「ここは幼稚園じゃねぇんだぞ……」
「……!」
明らかに回りに聞こえるような声を出した永治に、周囲のざわめきが嘘のように消えた。そしてその原因でもある永治に視線が集中する。
永治は何とも思っていないのか、視線を集めているにも関わらず平然としている。優志のように居心地悪そうな気持ちを味わっている人間が多い中、反抗的に永治を睨む者もいる。
しんと静まりかえった部屋の中で動きを見せたのは太一だった。
太一は真っ直ぐに永治に向かってくる。いつも笑顔を絶やさないその顔が不自然な位に何の感情もないのを見て、優志は徒ならぬ緊張感を覚えた。
太一に気付くと永治は座ったままで見上げるように太一を睨みつけた。睥睨しているようなその視線に優志や周りは肝を潰した。
「ここめっちゃ威圧感あると思ったら、部長が揃ってんねん!ほら、このツーショット怖くね??」
おどけたように周囲を振り返れば、忽ち固まっていた空気が萎んで緩やかになる。だが、太一の前に座る永治の顔は見る見る鬼のような形相になった。優志はここは間に入った方がいいのか、知らん顔したらいいのか悩んだ。
自分が入っても収まらないかもしれないが、喧嘩にでもなったら大変だ。そう思い割って入ろうとするよりも早く、太一は永治の隣にするりと腰を下ろすとその肩にぐいっと腕を回した。
「引率の先生みたいな事言てるから老け顔になんねん、お前相当緊張してるやろ」
「し、しとらんし!」
「ほら、怖い顔せんで、リラックス、リラックス」
「リラックス、してるわ、ぼけ!!」
「しとらんて、何言うてん、この眉間見てみぃ、鏡出して見てみろや、緊張してこわーい、言う顔しとるでー」
「嘘言うなや、怖ないで、何言うてん、あほが!!」
「はいはい二人とも、そこまでね、煩いから、ホント」
そう言いながら太一と永治の間に入り二人を引き離したのは、副部長役の赤井治樹 だった。黒縁眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の治樹はのんびりと二人を見比べた後、不意に優志の方を向いた。
「驚くっていうか、引くよね、ごめんね、この二人いつもこうだから」
「……はぁ……」
「いつもと違うやろ」
「いつもだよ、永治も無駄に喧嘩売らないの、太一もそれに便乗しない」
まだ面白そうな顔の太一と憮然としたままの永治だが、一応治樹の言う事を聞いたのか返事の代わりに頷きを返した。
「確か四条役だったよね」
「あ、はい……江戸川優志です……」
衣装合わせやパンフレット撮影で顔は合わせているが、この三人とまともに会話をするのはこれが初めてだった。三人共主要キャスト達なので優志は忽ち緊張してきてしまった。
「オレは副部長役の赤井治樹、こっちは知ってるよね、光也役の光石太一とこのでかいのが部長役の香田永治」
「……よろしくお願いします」
「でかいってなんやねん、その紹介は」
怒気を隠そうともせず、永治が食って掛かる。誰にでもこういう態度なのか、知り合いだからなのか判断出来ない優志は遣り取りを見ながらハラハラしていた。
「でかいじゃないなら、最年少キャストか?」
「最年少?!」
「見えないよね、これでまだ現役高校生とか、ウケる」
「ウケるとこちゃうやろ!」
拗ねたように口を尖らせる永治はよくよく見れば長身ではあるが、まだその横顔には幼さが残る。体格の良さに惑わされていたいようだ。
「いつも会えばこんなだけど、仲悪い訳じゃないから。太一と永治は従兄弟同士でもあるし、事務所が同じなんだよ」
「え……ヨ○モト?」
「そう、よぉわかったな、オレ達お笑い芸人の……って、んな訳あるかい!」
びしっと太一の突込みが入る。優志は「乗り突っ込みはじめて見た」とぽかんとしながら呟いた。
「面白い子やね、お、そろそろ集合かな?」
太一の一言で優志は現実に引き戻された。集合が掛かったのか、部屋の中の者達が前方へと集まっている。
「ほな、いこか」
人懐っこい笑顔の太一、まだぶすっとしている永治とそれを窘めている治樹に続き、優志は少しだけ緊張が解れたのを感じていた。その代わりこれから始まる舞台への熱い思いが胸を占拠し始めるのだった。
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