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第58話
アクターズは無事初日を終えると、瞬く間に2週間の東京公演も折り返しとなった。アクシデントはたまにあったが、大きな事故もなく今の所公演は順調に行われていた。そしてそんな中、優志のスマートフォンに樹から連絡が届いた。
用意したチケットの日程で観に来れる、という内容のものだった。そこには美月も一緒に来る、ともあった。
その後美月からも同じようなメールが届いた。美月ともたまにメールの遣り取りがある、もしかしたら樹とより頻繁かもしれない。
二人が一緒に来るのは少しだけ複雑だが、知り合いが観に来てくれるのは素直に嬉しかった。
「優志君、すっごくカッコよかったよ~!」
「あ、ありがとう……」
二時間の公演が終わり、控え室には観劇に来てくれた守川兄妹がやってきていた。
差し入れとして菓子折りを携え、控え室にやってきた二人を周りのキャストが珍しそうに眺める。今日の樹は濃い目のグレイのスーツと落ち着いた色合いのネクタイを合わせている。
美月もそれに合わせているのか、眼鏡をかけマスクをしている。そして、樹と同じような色目のスーツ姿だ。そんな二人はマスコミ関係者に見えなくもない。
「お疲れ様、優志」
「ありがとう……二人に観に来て貰えて嬉しい、オレ……」
「ダンスシーン、ホントかっこよっかったよ!ね、お兄ちゃん!」
「あぁ」
テンションの高い美月の隣で樹も優しく微笑んでいる。観に来てくれた、というだけで優志は舞い上がってしまいそうな心地だった。
控え室のドアが開き、永治が入ってきたのが横目に入る。守川兄弟に目を留めると、永治は躊躇いがちに優志を呼んだ。
「優志……」
「あ、永治君」
「ちょっと……」
「?ちょっと、ごめんね」
守川兄妹に断り、永治に近付く。控え室は演劇部とダンス部で分かれているのので、ここへ来たという事は用事があるという事だろう。新キャスト同士といえどあまり永治とは話をしないのだが、何だろうか。
「どうしたの?」
「あ、あの、あれ……」
「あれ?」
室内に入ってきた永治は部屋の隅に優志を引っ張っていくと、小声であれ、と言いながら守川兄妹を指差した。
「知り合い……?」
「うん」
「……マジで?」
「うん……えっと、あ、紹介しようか?」
「え、ええんか?!」
「うん……大丈夫」
優志は二人の所へ戻ると、まだ隅で固まったままの永治を手招いた。永治は舞台上では見せないような固い表情で近付いて来た。
「えっと、演劇部部長役の香田永治君……」
「は、はじめまして……」
「二人の事は知ってるんだよね……?」
「うん、あ、あの……ふぁ、ファンです、あの、あ、握手して下さい……!」
「え?」
「ありがとうございます、ファンだなんて光栄です」
慣れているのか突然の申し出にも関わらず、美月はアイドルの顔で微笑むと右手を永治の前に差し出した。永治は真っ赤になりながらその手を両手で握り締める。
普段とも舞台上とも違う緊張と歓喜の入り混じった表情で、永治は真っ直ぐに美月を見つめる。隣りに立つ樹の眉間に皺が寄る、握手以上してきたらタダじゃおかないという顔で永治を睨みつけていた。
「あ、ありがとうございました!」
「ずるいぞ、永治!!あの、オレも握手してください!ダーツの守川美月さんですよね?!」
「オレもお願いします!!」
優志がぽかんとしているうちに、遠巻きに眺めていたダンス部キャスト達も我先と美月の前へ躍り出る。
「え、ちょっと、みんな落ち着いて……」
気付いた時にはちょっとした人垣が出来ていた。美月とキャストの間に入って順番に並べたりと仕切ったのは樹だ、手馴れている所を見ると幾度も経験があるようだ。もしくは仕切られる側でもあるのかもしれない。
優志はそれを呆然と見つめていた。アイドルってすごいな、という素朴な感想を思い浮かべながら。
「……ごめんね、樹さん……」
「ん?いや、まぁ……いいんじゃないか?」
控え室にいたダンス部の面々は美月と握手を交わし、嬉しそうに談笑している。これでは一般のファンと変わらない振る舞いである、呆れながらも微笑ましい気持ちで見ていると、控え室の扉がノックと共に開いた。
「おつかれ、ん?何してんの?」
「あ、太一君……」
部屋の中に入ってきたのは制服姿の太一だった。部屋の中心に人垣が出来ているのを不思議そうに眺めている。
「えっと、守川美月さんが来ていて、それで…」
「守川……?え?!ダーツの?」
「うん……永治君ファンなの?」
「あー…あいつ、ガチでファンやで…確かファンクラブも入っとる位な…」
「そうなんだ…」
輪の中心に生温い視線を送っていた太一だったが、優志の隣にいる樹に視線を留めると少しだけ考えるように首を傾げた。
その視線に気付いた優志は樹の事を紹介した。
「太一君、こちら守川樹さん……知ってるかもだけど、美月ちゃんのお兄さん……」
「あ、そっか、どこかで見たことあるなって思ったんだ……はじめまして、光石太一です」
「守川樹です、舞台面白かったですよ」
「ありがとうございます、優志から勧められて守川先生の作品幾つか読ませて頂きました」
「うん、この間の新刊も買ってたもんね」
「それはどうも……」
「お兄ちゃん、そろそろお暇した方が……」
もう握手は済んだのか、美月が樹達へと寄って来た。ダンス部の面々と永治は夢見心地の顔で美月を見ていた。
「そうだな、疲れている所悪かったな」
「ううん、今日はありがとう……樹さんも美月ちゃんも忙しいのに……」
「こっちこそ席ありがとうね!日程が合えばホントはもっと沢山観たいんだけど……」
「……美月、沢山て……優志だって迷惑だろ……」
「うー、分かってるわよぉ……でも、円盤は絶対買うからね!」
「……うん、ありがとう……」
「それじゃあ、また連絡するね、怪我に気をつけて残りの公演も頑張ってね」
「うん、ありがとう」
「じゃあな、優志」
「うん、二人共ありがとう」
「おじゃましました」
二人が扉から消え、帰り支度を始めようとした優志だったが、キャストの皆が詰め寄ってきた。太一以外の全員に取り囲まれ、うろたえていると質問攻めが始まった。
「おい、何で美月ちゃんと知り合いなんだよ?」
「まさか、付き合ってるとか言わないっすよね?」
「どういう関係?!」
「えっと……みんな、ちょっと、落ち着いて…」
「落ち着いてられるか!答えろ!」
「隠すなんて怪しい!」
「いや、だから……」
「待て待て、優志が困ってるやろ」
見兼ねた太一が間に入ってくれた。諌めるような太一の声に、キャスト達も漸く落ち着きを取り戻し始めた。
やっぱりダーツの人気は凄いな、と他人事のような事を思いながら優志は守川兄弟との関係を皆に語った。
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