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第29話

「あ、ん……はぁ、いつ、きさん……」  普段ならば聞こえてこないであろう嬌声がキッチンに満ちている。そして普段ならば見られない眺めが優志の目には映る、キッチンの天井だ。  両足を大きく広げさせられ、深い角度で侵入してきた樹は優志の中を容赦なく突き上げる。その度に密着した箇所からは卑猥な水音が洩れ、潤滑油代わりに使ったオリーブオイルは優志の尻を伝い落ち床に糸を引いて落ちた。 「優志……」  溺れる人が酸素を求めるように、樹の熱を求め優志は腕を伸ばしシャツの背中を掻き抱いた。  冷たかった背中はタイルに擦れて痛みを覚え始めたが、そんな痛みなど消し飛ぶ程の快楽が優志の体を包み込む。 「はぁ、もう……樹さん、だめ……オレ……!」  弱い所ばかりを擦られた上に、キッチンという場所や自分の格好からくる羞恥の為か、いつにも増して優志の体は感じやすくなっていた。  多分、興奮しているのは優志ばかりでなく樹も同じだと思う。同じように切羽詰ったような表情が優志を見下ろしている。 「……優志」  にっと口の端を持ち上げて樹が笑む。優志の反り返ったペニスに樹の手が伸び、腰の動きに合わせ扱き始めた。  優志はこれで達かせてくれるのだと思い、競り上がる快楽に身を委ねようとしたのだが、突然樹の手が止まり、ペニスを強く握り込まれた。 「あ、ぁんん、も……や!な、に……」 「まだ、だ……」  根元からぎゅっと握り込まれ、快感と一緒に精液も塞き止められる。  だが、樹の動きが止まった訳ではなかった。腰を引き、最奥まで抉るように中を侵されれば慣らされた体は否応なく感じてしまう。だけどそれは解放のないままに痛い程の快楽となって、優志の中で燻った。 「あぁ、ん、や、も……いきたい、よぉ……!いつ、きさん……!!あ、んん……」 「いきたい?」 「ん、うん……!も、はやく……樹さん……!」 「まだだよ」  樹とて余裕はないだろうに、そんな事微塵も感じさせないような涼しい笑みで抽送を繰り返す。  力強い動きに翻弄され、ギリギリの快楽が頭の中を真っ白にする。早く終わりにして欲しい、もっと深く快感を追いたいという相反する気持ちが優志を支配する。  達せない焦燥感のままに樹を見上げても、冷静なまでの瞳が優志を見下ろすだけだ。  不意に樹の背中に回していた優志の腕が力なく床に落ちる。 「……ってるの……?、はぁ……いつき、さん……」 「……え?」 「怒って、るの……?」 「優志……?」  濡れた頬を更に濡らすように、優志の瞳から涙が溢れ出す。その涙を樹は困惑した表情で見下ろしていた。 「……ごめんなさい……」 「……優志?なんで……謝る……?」 「だって、怒ってる……怒ってるんでしょ……?」  泣きながら、それでも下から向ける視線は逸らされる事はない。優志は逸らせなかった、樹の表情を見逃すまいと、許しを得られる事を祈るような気持ちで見上げた。 「……何をだ……?」 「……」  またほろりと優志の瞳から涙が溢れ落ちる。  優志は後悔していた。やはり美月が帰った時に自分も帰ればよかったのだと。  そうすれば樹を不愉快にさせる事もなく、自分が惨めな思いをする事もなかったのだと。 「ごめんなさい……」 「……優志、オレは怒ってない、何か勘違いしていないか……?」  優しい声音だったが、それでも優志は首を振り同じ台詞を繰り返した。 「ごめんなさい……」 「……優志……どうして謝るんだよ……」  優志への戒めを解くと、先程まで張り詰めていたそれは優志の心情と同じように悲しそうに萎えていた。身体を起こした樹が繋がりを解こうとしている事を察し、優志は少し慌てたように樹の名を呼んだ。 「樹さん……!」 「……悪かったな、辛い思いをさせたみたいだ……」 「やっ、やだ……」 「……優志?」 「止めちゃ……やだ……」  引き止めるように樹の腕に手を伸ばした優志だったが、樹の腕を掴む寸前でそれは思い留まるようにして空中で止まった。  そんな事を言える資格なんてないのに。  優志の頭に響くようにして浮かんだのはそんな台詞だ。自分の立場をまた優志は忘れる所だった。 「……ごめんなさい……」

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