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第54話

 お湯が沸き、コーヒーを作りリビングに戻ると、樹はソファーに持たれかかり眠っていた。 「……疲れてるんだよね……」  眼鏡を掛けたままで瞼を落とした表情からでもその疲労度が窺える。起こしたら悪いだろうか、どうしようかと悩んでいると隣で呻くような樹の声がした。 「う……あぁ、悪い、いれてくれたんだな……」 「大丈夫?寝てないの……?」 「あぁ、ちょっとな……でも、もう目処はたってるんだ……」 「そっか……」  柔らかく笑う樹に少しだけ安堵する。だが、長居は無用だ、コーヒーを飲んだら直ぐに帰ろう。 「優志は……?」 「え……?」 「稽古はどうだ?忙しいんじゃないのか?」 「……うん……忙しいっていうか……」 「うん」 「……稽古も……順調といえば順調……」 「順調の割りに浮かない顔だな」 「……うん」  もやもやする胸の内を打ち明けるように、優志は樹を見つめ思いを吐き出した。 「キャスト同士の仲がどうにもね……ぎくしゃくして……役者だし、みんな我が強い人達ばかりだけどさ……なんていうか、上手くいってないっていうか……稽古自体はちゃんとスムーズなんだよ……でも、雰囲気が悪いっていうか……」 「そうか……そんな現場じゃあやりにくいな……」 「ん……なんとかなればいいんだけど……誰も何も言わないし……どうしたらいいのか分からなくて……」 「まぁ、別にほっといてもいいんじゃないのか?」 「……うん」  樹は沈んだ優志を見て苦笑を浮かべた。 「そうだな、お前は見過ごせないよな……」 「見過ごせないっていうか……別にね、仲悪くたってさ、舞台は出来上がるし、仕事なんだから割り切ればいいんだけど……でも、チームワークって大事だと思うんだ……」 「そうだな……」 「……でも、どうすればいいのか分かんなくて……なるようにしか、ならないとは思うんだけど……自分が何か出来るかは分からないけど……何とかできたらって思って……」 でもそれが出来なくて歯痒い思いをしている、そんな気持ちからか優志の視線は自分の膝の上に置いた拳に落ちる。 「お前のやりたいようにやったらいいんじゃないのか?」 「……やりたいように……?」 元気を分け与えてくれるような樹の声に顔を上げれば、優しい瞳が優志を見ていた。 「あぁ、皆に働きかけるとか、誰かが中心になったりすればまとまったりするだろ?」 「う、ん……でも、オレ……」 「部長役だったよな?」 「うん」 「部長ってのはまとめ役だろ?」 「でも、それは……」 「同じだよ、役だろうが、お前が演じるんだから……演じればいいんだ」 「……うん……」 「大丈夫だよ、優志、自信持っていけ」 「うん…」 「それに、別にまとまんなくたってお前のせいじゃないんだし、まぁ、なるようになるさ」 「うん……」  投げやりに聞こえるが、それは励ましの言葉だろう。なるようになる、樹の言う通りだ。  優志は胸の痞えが取れたような晴れやかな顔で小さく笑顔を作った。 「楽しみにしてるよ、舞台」 「……ありがとう、樹さん……じゃあ、オレ、この辺で……」 「ん?帰るのか?」 「うん……樹さん、お仕事中でしょ?」 「……まぁ、そうだけど、もう少し、大丈夫だ」 「……でも……」 「優志」  隣に座る樹の手が伸び、優志の頬を優しく包む。目が合い、その瞳の中に自分が写り込んでいるのを確認するように、優志はじっと樹の瞳を覗き込んだ。  目を離さないままで樹の手は頬から首筋を辿る、手の平の熱が肌の中に吸収されていくようだ。  至近距離である事にようやく気付いたように、優志は慌てて樹から距離を置いた。 「優志?」 「オレ、汗臭いから……!ごめん、まだシャワー浴びてない…、だから、その…」 「……それを言ったらオレなんか…」 「……え?」 「……風呂、一緒に入るか?さっぱりしてから帰ればいい」 「えぇ?!」 「ほら、入るぞ」  樹に急き立てられるように腕を引かれ、優志は風呂場へと連れ込まれてしまった。  どうしてこんな展開になってしまったのだろうか、首を傾げるが良く分からない。でも、多分……自分は嬉しいのだ。  どうしよう……期待、してる。 「……どうしよ……」  ドキドキと高鳴る心臓を押さえるように、優志は左胸にそっと手を当てた。早くも火照りだした熱い肌の下は、ドクドクといつもよりその鼓動を早めている。 「優志」  先に浴室に入ってしまった樹が優志を呼ぶ。 「いま、行くよ……」  樹の呼びかけに答え、優志は着ている物を全て取り払うと棚に置いてあったタオルで前を隠しながら、浴室の中に足を踏み入れた。  湯気で煙る浴室の中、樹は髪を洗っていた。浴槽には勢い良くお湯が溜め込まれていて、その湯気が浴室内を白く濁している。  シャワーを掴み樹が髪の泡を落としていくのを眺めながら、優志は樹の背中を見つめた。洗ってあげた方がいいのかな……。 「洗ってやろうか?」 「え?」  呆けていると、樹がタオルで髪を拭きながら振り返った。自分と同じ事を考えていたのかと思うと、少し恥ずかしい。 「髪、だよ」 「え?あ……うん……」 「体も込みでな」 「え……」  がっかりしたのが分かったのか、樹は可笑しそうに笑顔を作った。

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