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第53話

「はぁ……」  電車のつり革に掴まりながら優志は深い溜息を吐き出した。  稽古での疲労が体に重く圧し掛かっているのを、いつもだったら充実感と共に感じるのに最近は胃が重痛いような感覚まで加わり優志のモチベーションを下げた。分かっている、これは自己嫌悪だ。 「……はぁ……」  あの時、本当は声を掛けたかった、だけど勇気が持てず自分は何も出来なかった……。 優志は稽古場での事を思い出していた。 水上がダンス部キャストに練習を持ちかけていた、だけど福井達は帰ってしまったのだ。  自分も練習していこう、って皆に言えばよかったんだよな……オレもダンス確認したい所あったし……。  満員とまではいかないが、席は埋まりつり革も半分程人が掴まっている。今日の稽古は久しぶりに早く終わったので、夕方の混雑前に帰る事が出来た。  皆はご飯とか行ったのかな……旧キャスの皆は行ってるんだろうな……旧キャスじゃないけど永治君も行ってそうだけど……。  帰り際、優志は挨拶はされるが誘われる事もなく一人稽古場を後にした。  自分でも人見知りを直さなければとは思うのだが、中々勇気が出せずいつも一人で居る事が多い。  一人が苦な訳ではないけれど、地方公演もあり長丁場になる舞台だ、少しでもキャスト達と仲良くなりたいと優志は思っていた。  だってそういう現場の方が舞台も絶対上手くいくし……。  雑誌の撮影現場はいつも見知ったスタッフが揃っていて、皆仲がよい。馴れ合っている訳ではなく、お互いを認め合っている雰囲気の中の仕事はとても充実したものだ。  そりゃ仲良くなくたっていい作品は作れるだろうけど……でも、この現場雰囲気悪すぎ……ていうか、ちょっと怖い……。  でも、それを改善しようと誰もしないんだよね……それってこのままでいいってみんなが思ってるっていう事かな……。  新キャストと旧キャストの仲の悪さは人見知りだろうが、現場にいれば優志にも分かる。  優志も旧キャストにはつれなくされているので、実感もあるのだ。  それに新キャストの仲も……ぎくしゃくしてる……。  オレには話掛けてこないけど、無視されてる訳じゃないんだよな……何か部長役だからちょっと気を遣われてるって感じもあるし……あと……。  もしかしたら、怖いと思われてるのかも……。  無表情でいるとしばしば怒っていると勘違いされやすいのだ。モデルの時はそれでよかったし、ドラマとかも笑顔っていう感じの演技は求められていないし、今回もあまり笑わない役だけど……でも、怖いかな……オレ。 「はぁ……」  部長役なんだし、もっと自分がしっかりと新キャストをまとめていかないといけないのだろうか……と、思わなくもないんだけど……。  自信がない。付いてきてくれなかったらどうしよう、何言ってんだよ、って思われたらどうしよう。そんな負の感情ばかりが優先してしまい、キャスト達の仲を取り持つ事も出来ない。  舞台は着々と出来上がってきている、だけど、もっとより良い舞台が作れるんじゃないかって思う。形にはなっているけど、なんていうか皆の意識が一つになってないっていうか……。  どうしたらいいんだろ……。  優志は今日何度目になるか分からない溜息をまたもや吐き出し、流れ行く車窓の風景を見るとも無く眺めた。  いつも衝動的に動いてしまい、後から後悔する事になるのだ。分かっていたが、優志の足は止まらずに目的地を目指す、何度も通ったマンションへの道を迷わず真っ直ぐに。  11月ともなれば夜の足音は急速に早まり、17時前から辺りは今日最後の太陽の残りを感じさせるオレンジ色の夕日に包まれていた。  朱色から紫に変わり始めた空の色を見上げながら、もうすっかり冬に近付いたのだなと優志は思った。  そろそろ薄手のジャケットでは肌寒さを覚える。マフラーも必要かなと思いながら、マンションに到着するとロビーに設置されているエレベーターの前へと進む。  そう古そうなマンションでもないのに、この建物の入り口は暗証番号入力などのセキュリティーがなされてない。一応管理人は在中しているのだが、特に咎められる事もなくいつも見送られてマンションへ入っている。  何か緩いよね……まぁ、監視カメラみたいなのついているし、部屋の所もカメラついてて誰が来たが分かるようにはなっているけどさ……。  でも誰でもマンションに入ってこれるからオレが部屋を訪ねられる訳で……そうじゃなかったら、こんな風に行けないよな……。  警備の緩さに感謝かもしれない、などと不謹慎な事を思いながらエレベーターを降り樹の部屋まで進む。  呼び鈴を鳴らすとマイク越しの樹の声が聞こえた。 「はい?あぁ、優志か?」 「うん、突然すみません……」  カメラで確認したようで、名乗る前に名前を呼ばれた。ドアの施錠が外される音がして扉が開く。 「優志、何だか久しぶりだな」 「うん……えっと……お仕事は……」 「あぁ……まぁ、入れよ」 「うん……」  見上げた樹の瞳の下には薄っすらと隈が出来、口元にはいつもない無精ひげが浮いている。よれたシャツにジーパンとラフな格好で、その疲れた姿は気だるそうな色気が滲んでいる。  こんな姿までカッコイイとはずるい……でも、疲れてそう……いいのかな、オレ部屋に入っても……。  躊躇いながらも優志は樹の後に続き部屋の中に入った。リビングの電気を付けると、続きのキッチンに樹が消える。 「あの、樹さん、忙しいんだよね、あの……」  直ぐに帰ると言おうとキッチンへ入ると、お湯を沸かそうというのか薬缶に水を入れている樹が目に入った。 「樹さん」 「座っててくれ」 「でも……忙しいんだよね?」 「平気だ、丁度休もうと思っていたところだ、気にするな」 「……あの、オレがやるから樹さん休んでて、お湯沸かせばいいんでしょ?」 「そうか?……じゃあ、頼む」 「うん」  優志と入れ替わりで樹がリビングに戻る。少しでも樹の役にたつのなら嬉しい、優志はお湯が湧くまでにコーヒーの準備をしようと棚に手を伸ばした。

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