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第66話

 始まる前から美月コールが起こっていたし、客席のあちこちからは感極まってしまったのか泣き出す者もいた。それはコンサートが終わるまで続き、案の定隣りに座る永治もアンコールが始まった辺りから号泣していた。  ずっと羨ましく思ってた。そして今日生で初めて見て、それは益々強まり嫉妬に近い感情まで覚える程だった。  このステージに立ち続ける事が出来るのに、どうしてこの輝かしいステージから身を引こうとするのか。  優志にはそれが不思議でならなかった。  だけど、美月が最後に言った言葉が優志の疑問を少しだけ解決してくれた。 「これから私はダーツの守川美月ではなく、一人の女の子、守川美月として夢に向かって歩きます、だから、またどこかで会った時には応援して欲しい。みんなも、夢に向かって歩いてください。どんなに小さな夢でも、とてつもなく大きな夢でも。どんな事でもいいから、夢を持って、持ち続けて下さい。そしてそれを叶えるために走って、時には歩いたり休んだり……そうしながら夢と向き合って下さい。私はそんなみんなをずっと応援しています」  夢、という言葉を美月は何度も伝えた。今日だけでなく、樹のマンションで言った夢もきっと同じなのだろう。  夢に向かって歩く自分の背を押して欲しい、そして自分もみんなの夢の支えになりたい。そう言った美月の言葉に優志は自分の夢を見つめた。  いつか、大きな舞台に立ちたい。  アクターズという舞台に立ちその思いは益々強くなった。そしてそれは現実味を帯び、優志の中で膨らんでいる。  その夢に向かって、走って、時には歩いて、そして休んで……向き合っていきたい。  叶うのかも分からない、諦める時が来るかもしれない。それでも、今はまだ諦められないから、まだ自分は走り続けられるから。  ステージの美月に向かい、周りのファンと一緒に優志も大きな声で「がんばれ」と叫んだ。 *** 「はぁ……」  泣き疲れ力尽きたような腑抜けた溜息が永治から洩れる。さっきから何度そんな溜息を聞いただろう。だがそれは永治だけに限らず、コンサート会場周辺のファンの大半はそんな状態だった。  まだ泣いている者も見られる。やりきった、という放心状態の者も多い。 「永治君、大丈夫……?」  会場付近はショッピングモールやホテルなどが並び、噴水や花壇、ベンチなどが整備されている。ベンチだけでなく、花壇や噴水の側でファン達は座り込み去り難い気持ちを抱いていた。  永治は優志の言葉が一応聞こえてはいるようで、微かに頷き返したが座ったまま立ち上がろうとはしなかった。  特に予定がある訳でもないが、まだ夜は冷える、このままでは風邪をひきかねない。場所を移し、夕飯でも食べようかと言おうとすると永治がぽつりと呟いた。 「……夢か……」 「……え?」 「……優志はさぁ……なんで芸能界入ろうと思ったんや……?」 「……オレ?」 「オレな……芸能界入ればダーツに会えると思ったんや……」 「え?!」  驚きの声を上げると、永治は拗ねたように顔をぷいっと背けた。 「ええやん、理由なんて別に……」 「……うん……そうなんだ……」 「でな、ダーツと共演する、それがオレの夢なんや……」 「そっか……」 「あー……でも美月ちゃんダーツ卒業してしもたからな……夢、叶えられんくなったわ……」 「……ダーツじゃない美月ちゃんじゃダメなの?」 「……ダメやないけど……このまま引退っちゅう事もあるし……引退せぇへんで欲しいけど……」 「……そうだね、どうなんだろうね……」  しんみりとした口調で呟く永治は寂しそうなファンの顔をしている。永治のような心境のファンは多いのだろう、まだ残っているファン達はみなしんみりと思い出を語らっているかのような雰囲気だ。  惜しんでもらえる事、後押ししてもらえる事、そしてずっと忘れないでもらえる事。全てが羨ましく、だけどそれでいて少しだけホッとしている自分が居る事に優志は気付いていた。 「優志は?」 「え……?」 「夢だよ」 「……夢……」 「そう、小さくても大きくても夢を持ってって美月ちゃん言ってたよな、オレはいつかダーツと共演する事、そして更にいつか……守川美月と共演する事……夢が増えたって事だよな」 「うん、そうだね」  寂しさは拭え切れないものの、気持ちの整理が付き始めたのか永治の表情に翳りが消えた。 その顔は夢に向かって歩む少年そのもので、年下の彼眩しく思えた。 「オレの夢は……大きな舞台に立つ事……アクターズがその第一歩になった……だからもっともっと頑張って、大きな舞台の拍手の中に立ちたい……」 「へぇ……舞台か……」 「うん、お互い叶うといいね」 「叶えるさ、諦めない限りな」 「うん……」  諦めない限り。その言葉は優志の心の中に重しとなり沈んでいった。

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