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Ⅳ. 雪ヶ丘の伝説
「明日の天気、雪みたいッスよー」
「本当? それならやっと雪が見られるな。オレ、楽しみにしてたんだ!」
梓紗 は弾んだ声で言いながら本棚からいくつかの本を抜き取って、オレの方に示してみせた。
多分全部、雪が関わってくるお話なんだろうな。オレが雪の話をしてから梓紗は目に見えて毎日楽しそうで、今日は雪が降りそうかとか、明日はどうかとか、弾んだ声で聞きながら、自分も雪について少し知っておく、って言ってたから。
「このお話はね、雪の日にだけ咲く花を求めて、青年が旅をするんだよ。大好きな人に贈るために、って。きっと父様も母様に贈ったんだね」
ほんのり頬を赤らめて、抜き取った本の内1冊の説明をする梓紗は、まるで夢見る少女だ。
旦那サマ達が梓紗をどんな風に育てようとしているのかは推測の域を出ないッスけど、世俗に一切染まっていない、きらきらした純粋な子をお望みなら、今の時点でそれは叶っている。
梓紗は嬉しそうにくるくるとその場で回ってみせた。雪、雪、ロマンチックだな、なんて歌うように口にしながら。
多分、そんな梓紗に影響されたんだと思う。
雪ヶ丘 の伝説を、また思い出す。
雪の日にだけ咲く花じゃないけど、この丘に纏わる伝説もなかなかにロマンチックだと思う。梓紗は気に入ってくれるだろうか。
……ああ、でも相手がオレじゃ不満ッスかねぇ。あの旦那サマがあの奥サマにそんなロマンチックなことをしたとは思えないっすけど、梓紗はそういうラブロマンスをお望みなようだから。
雇い主の顔と言動を思い返す。気難し気で利益優先主義。仕事の為に奔走するのが大好きなお人。
オレもなかなかに捻くれているッスけど、まだ歳若い分もあって、彼等よりはラブロマンスを気にする方だと思う。とは言え、ラブロマンスするには、相手の想いも必要なワケで。
「ねぇ、梓紗。雪の日だけの花じゃないッスけど、雪ヶ丘っていう場所には伝説があるんスよ」
「伝説?」
「うん。そこで雪を一緒に見たカップルは未来永劫、ずっと一緒に居られるっていう伝説」
「じゃあ、明日は雪ヶ丘に連れて行ってくれるの?」
オレが切り出すより先に、勢いよく梓紗に聞かれて、思わずたじろいだ。顔が近い。吐息さえ感じられるし、睫毛の1本1本までハッキリ見える。
いや、好きな人をこの距離で見つめるのって心臓に悪いんスけど!? 梓紗の方は無邪気に目を輝かせているけど、それが尚更ドキドキする。梓紗みたいな純粋な子が相手じゃなきゃ、思わずキスしちゃおうかな、なんて思ってしまう距離。
「え、で、でも、梓紗? 意味、分かってるッスか?」
変に意識してしまって、自然声が上擦った。情けないッスね。今までなら御息女に詰め寄られても、もっとスマートに流せていたのに。よりによって、初めて好きになった相手に情けないところを見せてしまうなんて。
「分かってるよ。カップルは好きな人同士のことでしょ? 父様と母様が婚姻を結ばれる前は、カップルだったんでしょ? オレは夏樹 が好きだよ。夏樹とずっと一緒にいたい。夏樹は?」
梓紗は今まで誰かと向き合って話した事がない。
だから初めての相手であるオレに気を許しているだけかもしれないし、はしゃいでいるだけかもしれない。
でも、梓紗にとって錯覚でも、オレはその言葉が嬉しいと思ってしまった。
「うん、オレも梓紗と一緒にいたいッス。大好きだよ、梓紗」
微笑んで頭を撫でれば、梓紗も少し頬を赤くして笑ってくれて。そのあと、ふっと頬に梓紗の唇が触れた。
「好きな人同士はこうするんだったよね? 本で読んだんだ」
……旦那サマだか奥サマだかは分からないっすけど、純粋無垢な御子息サマにしたいなら、与える本も検閲してほしい。ぐらりと揺れた理性を戻すのに苦労したオレは、内心で小さく不満を呟いた。
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