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1.雪の帰り道(前)
その日は朝から空気が冷たく、空は白い雲に厚く覆われていた。天気予報は「平野部でも雪となるでしょう」と言っていた。
革の手袋にマフラーは必需品だ。俺は身支度を調えて自宅であるマンションを出た。
出社すると、どうも違和感があった。
なんとなく社内がそわそわしているのだ。理由が俺、鳴上秋央 にはわからない。そのわからなさは昼休みに頂点に達した。
「あ、雪!」
窓際のレビュー用机で昼食を摂っていた女性社員グループの一人のたったひと言で、フロアの少なく見積もって四分の一の人間が一斉に窓に寄っていったのだ。それは部長クラスも例外ではない。
「ああ、ついに降ってきたね」
「これは積もりそうですね」
「羽根が降っているみたい」
「タイヤにチェーンが必要になったりして」
「スタッドレスに換えといてよかったー」
たかが雪に何だ、この騒ぎは。
肇も当然のごとく窓際に行っていた。隣にいる女子社員とにこにこしながら話をしている。少し面白くない。
俺はスマートフォンを出してメッセージを送る。
『今晩、グリーンカレーにする』
餌で釣ってみた。
肇がスマホを取り出した。
『泊まりでお願いしまーす!』
胸のもやもやがすっとした。
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