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2.雪の帰り道(中)

 坂下肇(さかしたはじめ)は俺の恋人だ。六歳年下の二十三歳。合気道道場の息子で、段位は三段と聞いている。  梅雨のある日、俺をずぶ濡れでつけてきた坂下から告白され、付き合うようになった。そして東京から俺を追って来たストーカーから守ってくれた。  この街に逃げて来ても怯えて暮らしていた俺に、心からの安心を与えてくれた肇には感謝してもしきれない。  性格は明るくて、ちょっと抜けていて、ムードメーカー的存在だ。仕事に関しては意欲はあるが、若い分ケアレスミスもする。ただ、根本的に独りよがりのない素直な性格で、わからないことをわからないままにして突っ走ることがない。しっかり質問してくれるので仕事を任せるのに不安がない。  昼から降り出した雪は降り止まず、窓から見える風景は真っ白に染まっていく。山間部に住んでいる社員の中にはフレックスタイムで早めに帰宅する者も現れた。  午後四時には「今日は全員定時で帰るように」と通達があった。 (この程度の雪で大袈裟な)  俺は正直そう思った。 「大袈裟なんかじゃないですよ」  駅に向かうぎゅうぎゅう詰めのバスの中で肇が言った。 「この辺は年に一回も雪が降らないことだってあるんです」  え? 「雪が積もるのなんてそれこそ五年にいっぺんくらいですよ。誰も彼も雪慣れしていないから簡単に転ぶし、バスなんかも早めに運休しちゃうし、車だってみんな雪の上の運転なんて慣れていないどころか、チェーンも持ってないからスリップ事故は増えるしで、歩道を歩いていたって油断大敵なんです」  そうなんだ。  確かにここの会社を選んだ時、「ここは温暖ですから、過ごしやすいですよ」と言われた覚えがある。裏を返せば「寒さが厳しくない」=「雪が降らない」になるのか。

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