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第五話
「けれど少なくとも付き合っていれば、仮に不純な交友があったとしても、それは恋人としてある程度容認できる事情ですし、他人がそれを咎める事はできません。後は白昼堂々と、という部分の否定は、恋人同士による逢引に近いやり取りであると暗に仄めかせれば、ある程度の誤解を解消する事は可能でしょう」
「だがデメリットがデカい」
「んー、男同士による交際ですから、確かにそこは白い目で見られるかと」
「そう、そこだ」
「でも何度も言いますが、ボク達は今『白昼堂々と付き合ってもいないのにセックスをしている、不良男子Aと誑かされた一年男子B』なんですから、既に白い目で見られる状況にあるという事です。それがある程度改善されるのであれば、デメリット以上のメリットがあるわけですよ」
全ての誤解を解消させる手段でこそないものの、あくまで『状況の改善』という一点だけを見れば、なるほど確かに幸人の意見には一理あった。
しかし彰はそれを受け入れる事が出来なかった。
「……お前と付き合う、かぁ……」
「あ、先輩今ため息ついて凄い嫌そうな顔しませんでした?」
「言ってしまうと拒否材料がここしかない状況ではある」
「酷いですよ、せっかく可愛い後輩が先輩の要望通りに悪い噂の部分だけを解消できる手段を考え付いたのに」
「いや、その考えを実行するにはまだ早い。何にせよ、ひとまず様子を見るべきだろう」
噂などと言うものは堂々としていれば自然と無くなっていくものだ、と彰は言う。
「『人の噂も七十五日』って奴ですか」
「……そう聞くと長いな」
「先輩、人の噂も七十五日は、別に七十五日経過後に噂が解消されているという諺ではありませんよ。人による噂は一過性のものだからしばらくすれば忘れられている、という意味の諺です」
「へぇ、俺は諺とかはあまり興味が無かったから、意味を調べる事までしなかったな」
「まぁ逆に言ってしまうと、一過性のもの、がどの程度の期間か定められていないので、七十五日よりもっと長い可能性も捨てきれませんがね」
「確定してる分七十五日の方がいいかもしれんな」
そんな問答の後、今まで抱き付いていた幸人の引っぺがし、立ち上がる。
「なら行動開始だ。ひとまずお前とはしばらく距離を置こう。なんならこのまま疎遠になろう」
「え、嫌です。ボク先輩にまとわりつきますよ」
「お前は好きな先輩の為に自己犠牲するつ」
「もり無いですよ無い無いっ! ボク先輩の匂いが好きすぎて、一日以上摂取できないと死んじゃいますっ」
「否定が早い……別に構わんか。俺がお前から距離を置くだけだ」
給水塔より降りて、教室へと向かう。自身の椅子に腰かけて、用意していた本を読んでいると、何やら隣の席から視線を感じた。女子生徒の宮田だった。
「ぁ、っ」
ついそちらに視線をやると、宮田と目が合ってしまう。彼女は表情を赤らめてそっぽ向き、彰はそんな彼女の事を気にもしていない。ただ目があっただけの事だ。
次の授業が始まる。五時限目の授業は現国だったと思い出し、一応教科書とノートだけは用意する。しかし一緒に次のハードカバーを用意し、授業に参加するつもりは無い事を示した。
本を読み進める事約五十分経つと、休み時間を知らせるチャイムが鳴り響いたので、そこで再び次の英語を用意し、また読書に戻る。
そんな中、宮田は何かを決意したように立ち上がり、彰の方へ向き、声をかけた。
「あ、っ、あのっ」
「ん?」
「こ、これ。四時限目の数学で出た、プリント」
「ああ、ありがとう」
視線だけを彼女に向け、プリントを受け取る。どうしてすぐに渡すなり机の中に入れておくなりしていなかったかは気になったが、直接渡してくれる事自体の感謝をしつつ、机に押し込んだ。
「せ、瀬上君」
「どうした」
「あの……あ、あんな噂、皆信じてないからっ」
思わず机に頭を打ってしまった。
「……噂ってのは、俺が一年男子を手籠めにしてるとか言う噂か」
「そ、そうっ。皆、何かの間違いだと思ってるし、気にしなくていいと思うっ」
気を使われている事だけは察する事が出来て、何だか申しわけない気分に見舞われる。クラスメイトにここまで気を揉まれる経験は、今までの中で一度だって無かっただろう。
「そうだな、俺もあまり気にしない事にしてる。お前らもそうしてくれれば助かる」
「う、うんっ! 酷い噂だよね、一年男子を手籠めにして女装させて野外露出プレイさせてる、なんて噂流れてきたけど」
「ちょっと待てそれ初めて聞いたけど!?」
「何か尾ひれ付きまくってるみたい」
「尾ひれどころか尾の本体まで生えてきてないか……?」
しかも広がりが速いものだと感心すら湧く。彰が幸人と初めて出会ったのは二日前の事で、そこから噂が広がったとしても既に一年生の間から二年生にまで広がりを見せているとは思っていなかったのだ。
「これは……本当に七十五日では何とかならんかもしれんな」
呟き、頭に過る幸人の対応策が、段々と現実味を増しているように思えて、彰は深く溜息をつく。
呑気に本を読んでいられる状況でない事は、すぐに察する事が出来た。
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