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第2話
「……え? なんで……」
大学の研究室で、ブルーライトカットの眼鏡をかけながら開いたメールの文面を見て、僕は固まった。
『別れる』
たった一言。
タイトルもなく、添付ファイルもなく……。大学の個人用アドレスに、登録してないメールアドレスを開いたまま、僕は口元に手を置いた。
「うそだ」
そんなはずはない。
この前、会ったときは『クリスマスイブで付き合い始めて三年になる』って藤原は嬉しそうに話してたのに。
急に……。どうして……。
何があった?
僕は椅子を引きながら、デスクに顔を伏せた。目はばっちりと開けたまま、自分の足と靴を眺める。ここ数週間の出来事を振り返るけれど、別れる原因となる要因が見当たらない。
付き合い始めてから、いや……もっと前からと同じように過ごしていたはずなのに。何か違うことがあったのか? 自分が気づかないだけで、何かが……。
「ちゃお! 元良 新 、大学もいいけどさあ。たまには製薬会社の研究所にも顔を出してくんない? ってか、大学に身を置きつつ、製薬会社勤務になってるんだから、出勤しろっての……って、徹夜明け? 学会の論文、そんなに大変なのか?」
「徹夜はしたけど、そんなことでヘコたれる身体じゃない」
「ってことは、凹んでる理由は藤原か」
「……うるさい」
「あ。ああ……そういうこと」
パソコンの画面を見て理解した同僚であり、高校の同級生でもある志賀が僕を憐れな顔で見やってきた。
「まあ、そうなるだろうな、とは思ったけど」
「は?」
「おっぱいオタクのお前と、同性愛者の藤原がそもそも付き合えるわけねえじゃん。高校のときから藤原がそういう奴なのは誰もが知ってた。文武両道の秀才であり、近い将来ノーベル賞圏内に入るであろうお前と……恋愛がうまくいくなんて誰も思っちゃいねえよ」
「なんで?」
「新はノンケだろ。おっぱいが大好きすぎて、いまじゃ女性の胸を調べる研究者だぞ?」
「それのどこがいけない?」
僕は研究者だけど、だからって女性と恋愛するとは限らない。現に、恋人は藤原だ。高校の同級生だった。同窓会で再会して、ちょくちょく酒を飲むようになって……告白されて付き合い始めた。
次のクリスマスイブで、交際三年目を迎える。はずだったんだが。
「お前のどこがいけないのかなんて、藤原に聞け! 俺は会社の上司から伝言を伝えにきただけ。『出勤しろ。働け。論文、うざい。いい加減にしろ』ってことで、伝えたからな」
志賀が肩を叩くと、研究室を出ていった。
「……研究も、論文も……もう、どうでもいい」
僕は再び、デスクに顔を伏せるとため息をついた。
別れるなんて言わないで。
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