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第5話
夜、九時の鐘が響くのを聞いて、わたくしは浴衣姿のまま、肌寒い中、青年の部屋へと伺いました。息が白く濁って、まだ雪は降るようでした。ノックをすると、少し警戒を含んだ表情で、青年はわたくしを中へと通してくださいました。彼は既に横になる準備を整えたあとでしたので、藍色の浴衣がとてもよく似合っておいででした。
奥にある寝台ではなく、部屋の中央の長椅子に掛けるよう促した彼は、琥珀色に濁った液体の入ったグラスをわたくしにくださり、
「飲むといい。温まる」
と勧めてくださいました。
言われた通り、ひと口、ふた口、と口を付けると、湯気の中、何やらとろりと甘い風味のするお酒が、胃の腑に染み渡ってゆきました。
「それで? 話があるなら何でも言うといい。聞こう」
隣りに腰掛けた彼を見上げ、わたくしはグラスを長椅子の前の卓の上に置き、思い切ってその手に手を重ねました。こうしたことは勢いが大事と聞き及びます。男女の仲とは違いますが、身体を重ねるという点に於いて、思うに似通ったところがあるのではないでしょうか。愛情はなくとも、お屋敷に置いてくださり、執事部屋をあてがわれた時から、こうなることを覚悟しておりました。前のお屋敷にお仕えしていた時も、御主人さまからこうするよう躾けられましたので、慣れていないわけでもありません。
ただ、この青年とは、既知の間柄とは程遠く、知り合って間も無いことから、多少の羞恥心がございましたので、わたくしは、
「どうぞ何も仰らないでください」
と彼の手の甲に口付け、その前に跪きました。
着物のあわいに手を掛けると、下帯の下で存在感を示しているそれに顔を近づけました。前のお屋敷ではこういう時に手を使うことを禁じられておりましたので、唇を使おうと顔を近づけたところ、いきなり前髪を引っ張られ、上を向かされ驚きました。
「……っ?」
目を瞠ったわたくしが思わず見上げると、青年もまた驚いた顔でわたくしを見下ろしておりました。わたくしは瞬時に、何かまずいことをしたのだと悟りました。間違いを犯したことでされるかも知れない折檻を、心臓が縮む思いで覚悟していると、わたくしの目が不安に揺れたのを悟ったらしい彼は、大きく溜め息を吐きました。
「すまない、驚かせてしまった……。俺はどうも、配慮が足りんと良く言われる」
そう歯の間から言葉を零すと、わたくしの前髪を離してくださいました。叩くそぶりすら見せず、わたくしの襟まで伸びた髪を長い指先で器用にくしけずってくださいます。わたくしは多少戸惑いましたが、その指が心地よく、おずおずと顔を上げ、先に進んでもよいかを視線で尋ねたつもりでした。すると彼は憂いを含んだ視線を向けて、仰いました。
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