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第3話

「夏目に同行するはずだったんだが、銀行が手形を買ってくれと煩くてな。行ってやれず、すまなかった」  青年は食堂に入ると、わたくしに席を勧めてくださいました。彼の左隣におずおずと腰を下ろしたわたくしの前に、すぐに女中頭と思しき女性がいい匂いのする粥を持ってきてくださいました。  湯気の立った白い米の飯に、思わず腹の虫が鳴ったことに、消え入りたい気持ちで俯いていると、青年は、 「早く食べてくれ」  と促し、自身は紅茶を啜っています。  じろじろ見られながら飯を食らうことに慣れていなかったわたくしは、これでは針の筵が続くばかりだと決心し、おそるおそる粥を啜ってみました。ふんわりと甘い中に塩味の効いたそれは、わたくしの食欲を強く刺激しました。わたくしが匙を往復させる様子を見て、何やら嬉しそうな気配をさせた青年は、紅茶に付いてきた洋菓子を長い骨ばった指で摘み、口に放り込むと、ボリボリと噛みながら、黙しておりました。  粥を食べ終わると、 「旨かったか?」  と聞かれました。  わたくしは、わけもわからず身売り同然でこのお屋敷に引き取られてきたばかりの、何処の馬の骨とも知れぬ身ながら、一人前に粥を味わい楽しんだことに、急に言い知れぬ恥ずかしさを覚えました。  味などわかろうはずもございません、と小さく嘘を申し上げると、 「そうか」  と青年は頷き、 「それもそうだな」  と呟いて、テーブルベルを鳴らし、先ほどの女給を呼ぶと、全てを片付けさせました。 「俺はどうも加減を知らぬと言われることが多くてな。他に不自由はないか?」  なぜ、そんなことを聞くのか、わたくしにはわかりかねました。使用人の気遣いが行き届いていない時は、声をお上げになるか、手をお出しになり、きちんと躾けをなさるのが主人としての務めと心得ております。  時には夜の御処理のお手伝いをさせていただくこともございましたので、 「何なりとお申し付けください、どうぞ躾けてください」  と頭を下げますと、青年はただ、不機嫌そうに、 「次は風呂だな」  と小さな声で呟かれ、わたくしを浴室まで案内してくださいました。

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