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第4話
誰とも関わらないように、深夜に帰ればいい。
晴翔はそう決めた。今はまだお昼だが、外で時間を潰す方法を心得ているから問題ない。むしろ外で時間を潰すのなんて慣れっこで、それが晴翔の日常だった。
晴翔が育った家の中では、晴翔だけが異物で、異物ならば排除されるのが道理だった。
だから母親はなんとなくよそよそしく晴翔に接していたし、父親は汚物でも見るかのような目で晴翔を見ていた。そしてその接し方が彼らの二人の子供に伝染し、結果として晴翔はなんとなく疎外されることとなった。
虐待されないだけマシだったかもしれない、と晴翔は自嘲する。
物理的な攻撃はされないようにうまく立ち回っていただけかもしれないが、最低限の衣食住は保障された生活だったと思う。単に相手が晴翔に興味が湧かなかっただけかもしれないが。
それにあの頃とは違って、晴翔は大人で、今はお金もある。時間を潰すことにそう不自由はしない。だけど、一人がたまらなく寂しくなって、ついその辺を歩いている男に目が向いてしまう。しかし、その辺を歩いている人間はどうせ異性愛者だし、自分の欲望を満たしてくれる相手ではない。そういうスポットに赴こうとしたが、まだ日が高い時間帯で、男を誘えるようなお店は空いていないし、今日は平日で人も疎らだった。
行きずりの男を誘うのは難しそうだ。
仕方がない。晴翔はこの時間でも空いていそうな男に連絡をとった。
一人目は都合がつかなかったが、運良く二人目と会うことになった。持つべきものは肉体関係を持つ友達だな、と晴翔は苦笑した。
久しぶり、と挨拶もそこそこに「どこのホテルにしようか?」と晴翔は訊ねる。
「今日、時間あるんだろ? まだ日が高いんだしちょっとくらい遊んでからにしようよ。あ、ボウリングとかは?」
男の視線の先にはボウリングの看板があった。
彼の突然の提案に晴翔は顔を引き攣らせる。そういえば、この男はセックス以外にも何かしらの繋がりを持とうとする奴だった。外見も悪くはないし、年も取ってないので、晴翔のお得意様の中では好感を抱いている部類に入る男なのだが、こういうところはマイナスポイントなので、彼と親交を深めた回数は少ない。セックス以外は面倒くさいだけだ。
晴翔にとって一番良い男は積極的に自分に関わろうとはせず、ただセックスをするだけという気楽な関係を保ってくれる男だ。ただ、身体で一線を越えると、心まで一線を越えようする輩が多いため、理想の相手にはまだ巡り合えてないのが現実だった。
もっと割り切って欲しいのに。
「うーん、ボウリングしたことないんだよね」
「えっ、マジで!? 球技苦手なのか? まあ、ボウリングは球技って言わないか」
「なかなかやる機会なくてさ」
「友達とかと学校帰りとか行かなかった? 実はお坊ちゃんだったりする? 登下校は車で帰ったり」
「まさか。正直に言うと興味が湧かなくて。何が面白いのか分かんないし、同じ玉転がしなら、あっちの方がいいな。あれを口に含むのが好き」
晴翔はぺろっと舌舐めずりをした。
それが何を意味しているかは明白だった。
男は「晴翔君はせっかちだなー」と笑うが、満更でもなさそうで体を寄せてくる。
そして手を繋いだ。この先はもういつもと同じ。
男を落とすのは簡単だ。
こうも簡単に手玉に取れると、まるで一種のゲームみたいだなと思う。男の喜びそうな格好をして、求めていることを言って、欲していることをすれば簡単に堕ちるし、意のままに操ることができる。それはある種の快感だった。
たまに街中で見かける経験人数を誇らしげに語る少女の気持ちが晴翔には何となく分かった。きっと恍惚感を感じているのだ。ヤった男の数なんて勲章みたいなものだ。まあ、もうヤった男の数なんて数えてなんかいないけど。
セックスなんて、全然特別なことなんかじゃない。
ただのアクティビティみたいなものだ。
身体の中を突かれる感覚に、晴翔は身震いした。
迸る快感にたまらなくなって、目の前の男にぎゅっとしがみつく。
それに気をよくしたのか、男は「気持ちいい?」と甘えた声で訊いてきた。
面倒くさいと思いつつも、晴翔は「気持ちいいよ」と返す。
晴翔はセックスをスポーツだと考えていたけれど、それと同時にコミュニケーションだとも考えていた。いいセックスをするためには、円滑なコミュニケーションを築くのが大切で、だから、嘘をつくのは当たり前だ。そういう風に自分に暗示をかけてしまえば、気持ちよくなるのは早い。
「……ハァ………ハァ…………………」
そして、ぐちゃぐちゃになった頭はもう何も考えることができない。
きもちいいという感情だけで精一杯になってしまう。
人間の三大欲求。本能。子作り。
――男同士だったら子作りにはならないけれど。
「………っぁあぁあああ……………ぁぁあああああぁあぁっ……………」
本能のままに嬌声をあげる。
もう何も考えられなくなって、
思考が全部溶けていく。
晴翔はこの瞬間が好きだった。
――晴翔は大きく息を弾ませた。
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