6 / 8

第6話

 身体が疲れていたらしい。  晴翔が目を覚ましたのはお昼過ぎだった。  講義がないわけではない。しかし、不真面目な大学生には自主休校という名の特権がある。晴翔は重い身体を労わりながら、躊躇いもせず二度寝を決め込んだ。しかし、目が覚めてしまったようで、再び眠りに落ちることはできない。だけど、ベッドから這い出るには身体が重すぎた。晴翔はだらだらとベッドでスマホを弄りながら過ごす。  誰かと一緒だともっといいのに、と思うが、男をベッドに連れ込むならセックスをしなければならない。残念ながら今はそんな気分ではないし、昨日の疲労を引き摺ったこの重い身体でセックスを楽しむのは少しばかり骨が折れそうだった。セックスには体力が必要なのだ。  大学生活が保障されているからと安易に飛びついたこの生活だが、昨日の一件で彼らと同じ屋根の下で暮らすということをもっとよく考えるべきだったと後悔した。しかし、私立の美術大学の学費を稼ぐ為に、何本のちんこを突っ込まれ、しゃぶる羽目になるのか。奨学金なんて、優秀でない晴翔からすればただの借金、つまりは学資ローンでしかないのだ。  それを考えると、やはりこのままこの家で我慢しておくのが最善の策なのだ。  耐えるのは慣れている。大丈夫だ、問題ない。 そう自分に言い聞かせて、晴翔は立ち上がった。  父親は確実に仕事に行っている時間だった。しかし何よりも気に掛かるのは徹の存在だった。昨夜の話では、徹は現在休職中の身でいわゆる自宅療養をしているらしい。 病気が治ったのであれば、早く復職すればいいものを、と晴翔は思ったが、言っても仕方がないことだった。  音をたてないように気配を消して、そろりそろりと階段を降りる。  この家の住人に対する最大限の配慮だ。  今までもそうやって生活してきたのだから、あと少しくらい何とかなる筈だ。例え、相手が敵意剥き出しだったとしても。そこで、晴翔はテレビの音がすることに気づいた。徹はリビングのソファに腰掛けて、テレビを見ていた。  晴翔の脳裏にある言葉が思わず浮かんだ。『好きの反対は無関心です』という言葉だ。  マザー・テレサの言葉。  聖人のような博愛精神は求めていないから、好かれずとも構わない。 しかし、憎しみをぶつけてくるよりも、いっそのこと無関心でいてほしい。もしくは無視(シカト)でも構わないのだ。居ないものと扱われても良い。そういう扱いには慣れているから。  ――どうせまた敵意を剥き出しに突っかかってくるのだろう。  ここには制御役(ストッパー)の父親も居ないのだし。  しかし、晴翔に気づいた徹の反応は予想外のものだった。  徹は「おはよう」とぶっきらぼうに挨拶したのだ。視線は相変わらずテレビに向いていて、晴翔を一瞥することはなかったが、どうやら昨日までの敵意はないようだった。  あまりの変わりように面を食らいつつも、晴翔はつとめて冷静を装って挨拶を返した。 「おはよう」  しかし、いったいどういう心境の変化だろう。 「昨日のことは……悪かったな」  耳を疑うような言葉だった。  謝罪の言葉が、まったく謝罪の言葉に聞こえないのは別にいい。驚くべきは、徹が晴翔に謝罪していることだ。驚いて思考が停止状態の晴翔に徹は続ける。 「たださ、お前も親父も勘違いしてるんだよ。ガキの頃じゃあるまいし、親父の不倫相手の子供だから嫌ってるわけじゃねえよ。そりゃあ、いい気はしないし、人の家に住むなんて何様のつもりだよって思うけど、親父も寂しいんだろうしそれくらいは我慢できるっつうの。嫌になったら俺が出ていけばいいんだし。でも、俺が言いたいのはそんなことじゃなくて……お前さ……変なことしてるだろ……」  背筋がドキリとした。  半生を振り返ってみれば、まともだったとは言い難い。  だけど自分のやってきたことを把握されているとは思いたくない。 「何のこと? 変なことって言われても見に覚えがないんだけど」  それは精一杯の防衛反応だった。 「本当はこういうこと言いたくないんだけど、そういう人間がこの家に出入りしてるってのは気持ち悪ィんだよな」  明らかな嫌悪感。敵意。  これで分かった。  徹は晴翔の男遍歴を知って、嫌悪していたのだ。  だが一番の問題はどこまで知っているのか、ということだ。 「その言葉は差別だね。同性愛者差別だ」 「お金貰って抱かせてるんだろ? 売春だろ? 犯罪じゃねぇか」 「……なんであんたがそれを知ってんの」  晴翔は徹を睨みつける。

ともだちにシェアしよう!