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「……もし、断ったらどうなるんですか?」
「いいえなら、違う生徒が選ばれる。前列はあまり聞かないけどね」
叶多の声は混乱のあまり弱々しく掠れてしまうが、ちゃんと伊東に届いたようで直ぐに返事が帰ってきた。
「じゃあ……」
『お断りします』と言いかけて、叶多は一旦言葉を飲んだ。ここに来る前に何を言われても『はい』と答えろと言われたのを、急に思い出したから。それに……何かが胸に引っ掛かった。
「どうしたの?」
「いえ……それは、今答えないとダメなんでしょうか?」
「うん、今答えないとダメだよ」
笑みを崩さず答える伊東に、どこか違和感を持ちながら、出来る限り冷静になろうと叶多は小さく息を吸う。
―― そうだ……なんで断る生徒がいないんだろう?
落ち着いて来た頭の中に、ふと湧いて来た一つの疑問を口に出そうと思ったが……きっと返事は貰えないから、手を握り締めて口を噤(つぐ)んだ。
―― 今は、信じるしか……。
「分かりました……引き受けます」
瞬の言葉を信じると決めてここにやって来たのだから、今の自分に出来る事はそれを守る事だけなんだと叶多は自分に言い聞かせ、何とか声を絞り出した。
そして……顔を上げていられないから、また俯いて自分の爪先をジッと見詰める。今をどうにか切り抜ければ、部屋に戻って瞬に話を聞けるから……そうすれば、何がどうしてしまったのかも教えてくれる筈だから。だから、なるべく早くこの時間を終わりにしたいと叶多は思った。
「へえ……可愛い顔して利口だね。それとも誰かの入れ知恵かな? 断ったら面白かったのに」
伊東の声音が僅かに変わり、トーンが落ちたその声に……叶多の背筋に鳥肌が立つ。だけどそれは一瞬だけで、すぐに元の声へと戻った。
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